クリニックの従業員は医師国保か協会けんぽか?院長と分けて選べる仕組みと、産休・病休で生じる差

クリニックで職員を雇うとき、健康保険をどうするかという問題が出てきます。院長は医師国保、では職員はどうするのか。

多くの解説記事は、この問いを「医師国保と協会けんぽ、どちらを選ぶか」という形で扱っています。保険料はどちらが安いか、それぞれのメリットとデメリットは何か、といった比較です。

しかしこの問いの立て方自体が、実際の制度とずれています。

医師国保か協会けんぽかは、医院単位でどちらか一方に決めるものではありません。院長は医師国保、職員は協会けんぽ。この組み合わせを選ぶことができます。そして実務では、この形が落としどころになることが少なくありません。

この記事では、その仕組みと、判断するために必要な材料を整理します。とくに、職員から見たときに何がどう違うのかについては、7つの医師国保組合・歯科医師国保組合の公表資料を実際に確認しました。そこには、一般に流通している説明とは違う実態がありました。

目次

院長と従業員で、加入する保険を分けられる

結論から書きます。クリニックが医師国保と協会けんぽのどちらを使うかは、医院単位でどちらか一方に決めなければならないものではありません。院長は医師国保に残り、従業員は協会けんぽに加入する。この組み合わせを選ぶことができます。

開業を控えた医師の多くは、「開業医は医師国保に入るもの」という理解をお持ちだと思います。この理解は、結果としては間違っていません。ただし理由が違います。そして理由を取り違えたまま職員を雇い、医院の規模が変わったときに、想定していなかった手続きと判断が発生します。

個人開業のうちは、そもそも「選んで」いない

健康保険の被保険者になるのは、事業所に使用される人です。個人事業所の事業主、つまり個人開業の院長本人は、この「使用される人」に当たりません。東京都医師国民健康保険組合も、法人事業所および常時5人以上の従業員を雇用する個人事業所は社会保険が強制的に適用されるとしたうえで、個人事業所の事業主には適用がないと明記しています。

つまり個人開業である限り、院長は健康保険に入りたくても入れません。医師国保か市町村国保かのどちらかです。「開業医は医師国保に入るもの」という理解が結果として正しいのは、選んだからではなく、他に選択肢がないからです。

職員は事情が異なります。日本年金機構によれば、常時5人以上を使用する個人事業所は、健康保険・厚生年金保険の適用事業所になります。医業はこの対象となる業種に含まれます。職員が5人以上になれば、要件を満たす職員は健康保険の被保険者になるということです。

このとき、院長は医師国保、職員は協会けんぽという状態が生まれます。何かを決断した結果ではなく、制度上そうなります。

「選択」が発生するのは、法人化と5人到達のとき

状況が変わるのは、医療法人化したときです。法人の事業所は従業員数にかかわらず適用事業所となり、富山県医師国民健康保険組合が示すように、法人の代表者であっても法人に労務を提供し報酬を受けている場合は、健康保険の対象になります。ここで初めて、院長自身が「協会けんぽに移るか、医師国保に残るか」を選ぶことになります。

医師国保に残るには、年金事務所に「健康保険被保険者適用除外承認申請」を出し、承認を受ける必要があります。健康保険の適用を外してもらうための申請です。

そしてこの申請は、事業所単位ではありません。福岡県医師国民健康保険組合は「当組合に加入しようとする人ごとに」申請書を年金事務所に提出すると案内し、大阪府医師国民健康保険組合も「当組合に加入を希望する方は」提出するとしています。人ごとの手続きだからこそ、院長だけが申請して医師国保に残り、職員は申請せずに協会けんぽに入る、という組み合わせが成り立ちます。

ただし、分けることが常に正解ではない

職員を協会けんぽに入れれば、保険料の半分は医院の負担になります。届出の事務も増えます。逆に職員を医師国保にそろえれば負担は軽くなりますが、そこには職員側から見た別の問題が生じます。

どちらを選ぶかの判断材料を、次章から順に整理します。

どの組み合わせが可能か——個人・5人以上・医療法人の3つの状態

院長と職員がそれぞれどの保険に入るかは、医院が次の3つのどの状態にあるかで決まります。

  1. 個人開業で、従業員が常時5人未満
  2. 個人開業で、従業員が常時5人以上
  3. 医療法人

順に見ていきますが、その前に押さえておきたいのが「常時5人」の数え方です。ここを取り違えたまま進めてしまう例が少なくありません。

「5人」は常勤の人数ではない

まず確認しておきたいのは、この5人が常勤職員の人数ではないということです。

数に入るのは、健康保険の被保険者となる働き方をしている人です。判定の基準は、1週間の所定労働時間と1か月の所定労働日数が、その医院の通常の労働者のおおむね4分の3以上であるかどうか。この基準を満たしていれば、医院が「非常勤」と呼んでいる職員も1人として数えます。

たとえば常勤の看護師1人・医療事務1人に加えて、非常勤の医療事務が3人という体制を考えてみます。この3人が4分の3基準を満たしていなければ、数えるのは2人だけです。5人未満なので、次に述べる任意適用の話になります。一方、3人とも基準を満たしていれば合計5人となり、その医院はすでに強制適用の対象です。「常勤は2人だから関係ない」という理解のままでいると、加入義務が生じていることに気づけません。

さらに注意したいのは、4分の3を測る分母が自院の設定次第で変わることです。通常の労働者の所定労働時間を週40時間としている医院なら週30時間以上が目安になりますが、週32時間としている医院なら週24時間以上が目安になります。週24時間は、1日6時間で週4日の勤務です。同じシフトの職員でも、医院によって結論が変わります。自院の就業規則や雇用契約書で所定労働時間をどう定めているかを、まず確認してください。

なお、事業主である院長本人は数に入りません。同居の親族も原則として含まれませんが、他の職員と同じように働いている場合は判断が分かれます。配偶者が受付や事務を担っている医院は多いはずですので、迷う場合は年金事務所に確認するのが確実です。

3つの「人数」は、それぞれ別のものです

医療機関の労務管理には、紛らわしい人数の基準が3つ並んでいます。

基準何を判定するか数え方
常時5人個人事業所が健康保険・厚生年金の強制適用事業所になるか4分の3基準を満たす職員の人数
51人(令和9年10月から36人)短時間労働者が社会保険の対象になるか厚生年金の被保険者数による企業規模
週32時間等医療法の人員配置基準における常勤換算医療法上の届出のための指標

目的も数え方も別の制度です。とくに医療法の「常勤」は保健所への届出のための概念であり、社会保険の加入義務とは関係がありません。

状態1:個人開業・従業員が常時5人未満

強制適用事業所ではありません。職員は市町村国保か医師国保に加入することになります。

ただし加入できないわけではなく、任意適用という道があります。東京都医師国民健康保険組合が説明している通り、従業員の半数以上の同意を得て厚生労働大臣の認可を受ければ、健康保険・厚生年金保険に加入できます。ただしこの場合も、個人事業所の事業主である院長本人は加入できません。

状態2:個人開業・従業員が常時5人以上

強制適用事業所です。要件を満たす職員は、健康保険・厚生年金保険の被保険者になります。院長は引き続き被保険者になりませんので、医師国保または市町村国保のままです。

第1章で述べた「院長は医師国保、職員は協会けんぽ」という状態は、ここで自動的に発生します。何かを選んだ結果ではありません。

状態3:医療法人

法人の事業所は、従業員数にかかわらず強制適用事業所です。そして富山県医師国民健康保険組合が示すように、法人の代表者であっても法人に労務を提供し報酬を受けている場合は、健康保険の対象になります。

院長自身が被保険者になるのは、この段階です。医師国保に残りたいのであれば、年金事務所に適用除外承認申請を出して承認を受ける必要があります。この手続きの実務は後の章で扱います。

保険料の仕組みは、そもそも設計が違う

医師国保と協会けんぽは、保険料の決まり方が根本から違います。金額の大小より先に、この設計の違いを押さえておくと判断がぶれません。

協会けんぽは報酬比例です。保険料は標準報酬月額に保険料率を掛けて計算され、全国健康保険協会が示す通り、事業主と被保険者が折半で負担します。給与が高い職員ほど保険料は高くなり、その半分は医院の負担です。

医師国保は、多くの組合が定額制を採っています。収入に関係なく、1人あたりの保険料が決まっている仕組みです。たとえば福岡県医師国民健康保険組合は保険料を均等割のみとしています。

ただし、これも組合によります。神奈川県医師国民健康保険組合は、第一種組合員について平等割額に加えて、前年度の市町村民税課税標準額に応じた応能割額を加算しています。所得が上がれば保険料も上がる部分があるということです。「医師国保は定額だから高所得ほど有利」という理解も、自院の組合で確認が必要です。

この設計の違いから、実務上は次の3点が効いてきます。

1つ目は、事業主負担の考え方です。協会けんぽは折半が法律で定められています。医師国保の保険料をどう分担するかについては、そうした法定の枠組みがありません。職員を医師国保に入れている医院と協会けんぽに入れている医院では、人件費の構造そのものが変わります。

2つ目は、扶養という概念の有無です。協会けんぽには被扶養者の制度があり、要件を満たす配偶者や子は保険料がかかりません。国民健康保険組合にはこの制度がなく、加入する家族一人ひとりに保険料がかかります。配偶者と子ども2人を扶養している職員であれば、協会けんぽでは本人分だけ、医師国保では4人分です。若手の独身職員と、子育て世代の職員とでは、有利不利が逆転します。

3つ目は、減免の対象です。たとえば福岡県医師国保では、所得が著しく減少した甲種組合員に保険料の軽減がある一方、乙種組合員とその家族には減免の制度がありません。組合員である医師と、従業員である職員とで、扱いが同じとは限りません。

保険料だけを見れば、収入の高い院長にとって定額制は有利です。ただし院長にとっての有利は、職員にとっての有利とは限りません。そして保険料以上に差が出るのが、次章で扱う給付の中身です。

従業員から見ると何が違うのか——7組合の規約を確認しました

「医師国保には傷病手当金も出産手当金もない」。医師の転職メディアや事業者のブログでは、この説明をよく見かけます。

この説明は不正確です。ただし、だから安心という話でもありません。実際に各組合の規約と給付案内を確認すると、そこには通説とは別の問題がありました。

法定給付と任意給付という違い

前提を1つ整理します。協会けんぽの傷病手当金と出産手当金は、健康保険法に基づく法定給付です。保険者は必ず支給しなければなりません。

一方、国民健康保険組合である医師国保では、これらは任意給付です。各組合が財政状況などに応じて独自に定めることができます。つまり「制度として存在しない」のではなく、「組合ごとに設計が違う」というのが実際のところです。

そこで、7つの組合の公表資料を確認しました。

確認した結果

組合傷病手当金:医師側の要件傷病手当金:職員側の要件出産手当金
福岡県医師国保業務に従事できなくなった日から4日目〜(180日限度)入院し給与の支払いがないこと(90日限度・加入91日目から)確認できず
大阪府医師国保8日以上業務に従事できないこと入院したとき(加入1年以上)確認できず
愛知県医師国保入院に係る療養の給付を受けたとき(180日限度)入院(同左)確認できず
兵庫県医師国保確認できず入院により業務に服せないこと(通算180日)あり(准組合員・加入6か月以上・引き続き勤務することが条件)
神奈川県医師国保業務に従事できなくなった時から1か月以上となる場合同左確認できず
埼玉県医師国保ありあり(准組合員にも対象を拡大)確認できず
全国歯科医師国保入院したとき(同一年度内90日限度)同左あり(組合員・加入1年経過後・90日限度)

2026年8月時点。各組合の公表資料により作成。金額・要件は改定されるため、最新は各組合の規約でご確認ください。

職員側だけは、要件が揃っています

表を縦に見ると、組合ごとに設計はばらばらです。医師側は入院を要件とする組合もあれば、8日以上や1か月以上の休業を要件とする組合もあります。

しかし職員側だけは共通しています。確認できたすべての組合で、「入院」または「1か月以上の休業」が要件でした。

これが何を意味するか、実際の場面に置き換えてみます。医療事務の職員がインフルエンザで1週間休んだ。看護師が体調を崩し、通院しながら1か月ほど休職した。どちらも入院していないので、これらの組合では1円も支給されません。協会けんぽであれば、連続3日の待期を経て4日目から支給される場面です。

医療機関で実際に起きる休業の多くは、入院を伴いません。「制度はあるが、現場で起きる休み方では使えない」——これが通説の「医師国保には傷病手当金がない」という言葉が生まれた背景だと考えられます。

福岡県医師国保のように、支給額そのものにも差を設けている組合もあります。同組合では甲種組合員が1日6,000円であるのに対し、乙種組合員は1日3,000円です。

出産手当金は、そもそも制度の目的が違う

出産手当金を設けている組合もありました。ただし中身は協会けんぽとかなり違います。

兵庫県医師国保の出産手当金は、加入6か月以上の准組合員が、出産後も引き続き准組合員として勤務するときに支給されます。産休中の所得を補償するというより、復職を前提とした支援金に近い設計です。

全国歯科医師国保は、組合員となって継続1年を経過した後の産休について、90日を限度に支給しています。

協会けんぽの出産手当金は、出産日以前42日から出産後56日までの範囲で、標準報酬月額をもとに算定された額が支給されます。同じ「出産手当金」という名前でも、支給の考え方が異なります。

見落とされやすいのが、育児休業中の保険料

もう1つ、表に現れない差があります。

協会けんぽと厚生年金保険では、産前産後休業中と育児休業中の社会保険料が免除されます。国民健康保険についても、令和6年1月から産前産後期間の保険料軽減が始まり、愛知県医師国保兵庫県医師国保など各組合が案内しています。

しかし、育児休業期間中の保険料免除にあたる仕組みは、国民健康保険にはありません。産休が明けて1年間の育児休業に入り、給与がゼロになっても、医師国保の保険料は毎月発生し続けます。育児休業給付金は雇用保険から支給されますが、保険料の負担はそのまま残ります。

職員が育児休業を取得する場面で、この差は小さくありません。

結局、どう確認すればよいか

ここまで見た通り、組合ごとに設計が違い、しかも公表されている情報の詳しさにも差があります。上の表で「確認できず」としたものは、制度がないという意味ではなく、公開資料からは読み取れなかったという意味です。

したがって、判断の出発点は自院が加入する(あるいは加入を検討している)組合の規約です。確認すべきは次の点になります。

  • 傷病手当金・出産手当金があるか
  • 職員が該当する区分(准組合員・乙種・第二種などの呼称は組合により異なります)が対象に含まれるか
  • 支給の要件は入院に限られるか、休業でも支給されるか
  • 加入からどれだけの期間が必要か

組合の窓口に問い合わせれば教えてもらえる内容です。職員を採用する前に確認しておけば、後から説明に困る場面を減らせます。

適用除外承認申請の実務——14日と5日、そして採用のたび

医師国保に残ると決めたなら、次は手続きです。ここは制度の理解より、期限の管理がすべてです。

手続きが必要になる場面

適用除外承認申請が必要になるのは、次のような場面です。

  • 医療法人化したとき
  • 個人開業で、常時使用する従業員が5人以上になったとき
  • 適用除外の承認を受けている医院が、新たに常勤の職員を採用したとき
  • 非常勤だった職員の労働時間が増え、社会保険の加入要件を満たすようになったとき

3つ目と4つ目に注意してください。広島県医師国民健康保険組合が案内している通り、すでに適用除外を受けている事業所であっても、新たに常勤の従業員を雇用したときは、その都度の手続きが必要です。

第1章で述べた通り、この申請は「加入しようとする人ごと」に行うものです。院長が一度承認を受けたからといって、その効力が後から入職した職員に及ぶことはありません。職員の入れ替わりが多い医院ほど、手続きは繰り返し発生します。

期限は2つあり、日数が違います

ここが最も間違えやすい箇所です。

届出提出先期限
健康保険被保険者適用除外承認申請書年金事務所事実の発生した日から14日以内
厚生年金保険被保険者資格取得届年金事務所事実のあった日から5日以内

適用除外の期限は、かつて5日以内でしたが、平成28年4月から14日以内に改正されました。一方、厚生年金の資格取得届は5日以内のままです。同じ年金事務所に出す書類でありながら、期限が異なります。

そして実務上、適用除外承認申請のほうが時間を要します。申請には組合の証明が必要で、組合に書類を送り、理事長印の押された申請書が返送されてくるのを待つ工程が入るためです。組合とのやり取りをしている間に、厚生年金の5日が先に到来します。

この場合の対応は決まっています。東京都医師国民健康保険組合が案内している通り、厚生年金の資格取得届を先に提出し、その左肩に「健康保険被保険者適用除外承認申請書は別途提出予定」と記載します。この一文がないと、健康保険についても協会けんぽで処理が進んでしまいます。

期限を過ぎたらどうなるか

期限を過ぎた場合でも、年金事務所がやむを得ないと認めたときは、事実の発生した日に遡って承認される取り扱いがあります。法人登記に日数を要した場合や、組合の証明を得る事務に時間がかかった場合などが、その例として組合の案内に挙げられています。

ただし、これは年金事務所の判断です。認められる保証はありません。

全国歯科医師国民健康保険組合は、手続きをしないままでいると協会けんぽに強制適用され、組合に残れなくなると明記しています。承認が得られなければ、その職員(または院長)は協会けんぽの被保険者となります。

そしてもう1つ、重要な前提があります。適用除外承認申請は、すでに医師国保に加入している人が健康保険の適用を外してもらう手続きです。「残る」ための制度であって、「入る」ための制度ではありません。岐阜県医師国民健康保険組合が案内している通り、いったん社会保険に加入した人を医師国保に移すことは、事業所や勤務の形態が変わらない限りできません。つまり、申請が間に合わずに協会けんぽへ移ってしまえば、そこからの巻き戻しはできません。

医師国保の資格を前提に受診していた期間があれば、その医療費の精算も必要になります。遅れて困る手続きであって、遅れても何とかなる手続きではありません。

実務としてどう管理するか

小規模なクリニックでも守れる形にするなら、次の2つだけ決めておけば足ります。

  1. 常勤職員の採用を決めた時点で、入職日を組合に連絡する(書類が届くまでの時間を先に確保する)
  2. 入職日から5日と14日を、採用のたびにカレンダーに入れる

完璧な管理表を作る必要はありません。採用が決まった日に組合へ一報を入れる習慣があるかどうかで、結果はほとんど決まります。

なお、パートなど社会保険の加入要件を満たさない職員については、そもそも適用除外の申請対象になりません。大阪府医師国民健康保険組合のように、申請が不要な場合について「不要理由書」の提出を求める組合もあります。判定に迷う職員がいる場合は、採用前に組合と年金事務所に確認してください。

これから変わること——短時間労働者の加入範囲は広がっていきます

ここまでの判断は、一度決めれば終わりではありません。社会保険の適用範囲そのものが、これから広がります。

まず、2026年(令和8年)10月に、月額賃金8.8万円以上という要件が撤廃される予定です。日本年金機構は、最低賃金以上で週20時間以上働けば所定内賃金は月額8.8万円以上になるため、この要件を撤廃する予定だとしています。撤廃後は、週20時間以上の所定労働時間が実質的な判定基準になります。

企業規模の要件も広がります。現在は厚生年金保険の被保険者数が51人以上の企業等が対象ですが、令和9年(2027年)10月からは36人以上に拡大され、令和11年(2029年)10月以降も段階的に拡大されると案内されています。

クリニックにとっての意味は明確です。いまは4分の3基準に届かず対象外の非常勤職員が、順次加入対象に入ってきます。週20時間、たとえば1日5時間で週4日というシフトは、クリニックでは珍しくないはずです。医師国保か協会けんぽかの判断は、職員構成が変わるとき、法人化するとき、制度が変わるときに、そのつど確認が必要になります。

よくある質問

従業員は、医師国保と協会けんぽを自分で選べますか

選べません。どちらに加入するかは、その医院がどちらの手続きをとっているかで決まります。職員が医師国保への加入を希望する場合、医院が年金事務所に適用除外承認申請を出す必要があり、職員個人が申請できるものではありません。

このため、採用の段階でどちらに加入するのかを伝えておくことが重要になります。求人票や労働条件通知書に「社会保険完備」とだけ書いていると、応募者は協会けんぽを想像します。入職後に医師国保だと分かって話が違うとなる場面は、避けられるはずのトラブルです。労働条件の明示については、介護の求人票、実態と違うと何が起きるかでも整理しています。

職員が5人以上になったら、医師国保は使えなくなりますか

いいえ。常時5人以上になると健康保険・厚生年金保険の適用事業所になりますが、大阪府医師国民健康保険組合が案内している通り、適用除外承認申請を出して承認を得れば、医師国保に加入・継続できます。

ただし厚生年金保険は適用されます。「医師国保+厚生年金」という組み合わせになるという点を押さえておいてください。

職員の家族も医師国保に加入できますか。保険料はどうなりますか

組合の要件を満たせば加入できます。ただし協会けんぽとは考え方が違います。

協会けんぽには被扶養者の制度があり、要件を満たす家族には保険料がかかりません。国民健康保険組合には扶養という制度がなく、加入する家族一人ひとりに保険料が発生します。埼玉県医師国民健康保険組合のように、世帯単位での加入を求め、同一世帯の家族は全員が医師国保に入るか全員が市町村国保に残るかのどちらかとする組合もあります。

扶養家族の多い職員にとっては、負担が変わる論点です。

パート職員も医師国保に加入できますか

社会保険の加入要件を満たさないパート職員は、そもそも健康保険の被保険者になりません。したがって適用除外承認申請も不要です。この場合、大阪府医師国民健康保険組合のように「不要理由書」の提出を求めて加入を認める運用をとる組合があります。

なお、加入要件を満たすかどうかの判定は労働時間と労働日数によります。医院が「パート」と呼んでいるかどうかは関係ありません。判定に迷う場合は、組合と年金事務所に確認してください。

最初から医療法人として開業する場合、医師国保に加入できますか

できません。法人の事業所は設立と同時に強制適用事業所となり、そこに勤務する人は本来、医師国保に加入できないためです。群馬県医師国民健康保険組合は、新規加入の事業所は個人事業所に限ると案内しています。

適用除外承認申請は、すでに医師国保に加入している人が健康保険の適用を外してもらう手続きです。加入していない状態から使うことはできません。同じ理由で、埼玉県医師国民健康保険組合は、新規加入時にすでに常勤職員が5人以上いる事業所についても、医師の世帯と非常勤職員の世帯以外は加入できないとしています。

医師国保から協会けんぽに切り替えた後、また医師国保に戻れますか

戻れません。岐阜県医師国民健康保険組合は、制度的に社会保険が優先されるため、社会保険に加入している従業員を医師国保に移すことは事業所の形態が変わらない限りできないとしています。大阪府医師国民健康保険組合も同様の案内をしています。

これが、前章で述べた期限管理が重要な理由です。適用除外の申請が間に合わず協会けんぽに移ってしまえば、そこからの巻き戻しはできません。手続きの遅れが、取り返しのつかない結果になります。

まとめ:自院の組合規約を確認するところから

要点を整理します。

  • 医師国保か協会けんぽかは、医院単位の二者択一ではない。適用除外承認申請は加入しようとする人ごとの手続きなので、院長と職員を分けられる
  • 個人開業のうちは、そもそも選択が発生しない。事業主である院長は健康保険の被保険者にならないため、医師国保か市町村国保になる
  • 選択が生まれるのは、常時5人以上になったときと、医療法人化したとき。「常時5人」は常勤の人数ではなく、4分の3基準を満たす職員の人数
  • 保険料の設計が違うだけでなく、給付の中身が違う。確認できた組合では、職員側の傷病手当金は入院か1か月以上の休業が要件だった
  • 育児休業期間中の保険料免除は、国民健康保険にはない
  • 適用除外承認申請は「残る」ための制度で、「入る」ための制度ではない。期限を過ぎて協会けんぽに移れば、戻ることはできない

判断の出発点は、自院が加入する(あるいは加入を検討している)組合の規約です。任意給付の内容は組合ごとに違い、しかも総代会の決議で変わり得ます。この記事に載せた内容も2026年8月時点のものであり、最新の内容は必ず各組合の公表資料でご確認ください。

社会保険の適用範囲も、これから数年かけて変わります。開業時に決めたまま見直していない医院は、職員構成が変わったタイミングで一度確認しておく価値があります。

判定に迷う職員がいる場合や、法人化を控えている場合は、加入している組合と管轄の年金事務所に確認するのが確実です。手続きの期限管理まで含めて整理が必要であれば、顧問社労士などの専門家に相談することもご検討ください。

医療・介護・福祉の事業者さまへ


顧問先の約8割が医療機関・介護福祉事業所です。業種は問いませんので、他の業種の事業者さまもご相談いただけます。労務相談と手続き代行を継続的にお受けする顧問契約(月額22,000円〜・税込)のほか、就業規則の作成・変更、助成金の申請代行、給与計算のみのご依頼もお受けしています。何をどこまでお受けするか、料金と契約の条件は業務案内に記載しています。ご契約前の面談は無料です。オンラインで全国対応。

※ご相談は事業者さまからのみお受けしています。従業員個人における案件(障害年金や賃金未払い請求に関するご相談など)のご相談はお受けできません。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

川西 隆之のアバター 川西 隆之 社会保険労務士

兵庫県川西市の川西隆之社労士事務所
クラウドツールを活用した労務のデジタル化を得意としています
(ジョブカン認定アドバイザー)

税理士事務所勤務平成22年3月~平成31年1月
社労士業補助平成22年3月~平成28年8月
社労士登録平成28年9月~
1984年3月9日生まれ。
兵庫(但馬)産まれ兵庫(但馬)育ち。川西市在住。
一人の妻と3人の子どもたち。

2005年社労士試験合格
2016年開業登録(岐阜県)
→2020年より兵庫県川西市にて開業

以下の事項に力を入れています。
・クラウド勤怠管理・給与計算を利用した勤怠管理・給与計算の効率化
→給与計算に必要な時間の圧倒的な削減

・クラウド労務管理を導入することで、法定帳簿の管理・社会保険手続きの効率化
→代行することなく自社での管理・申請が容易に可能

・適切な労務管理を行うことによる、労使トラブルの防止
→疑問点があれば、その都度の相談可能

目次