ベースアップ評価料の届出は、令和8年5月中に済ませたところが多いはずです。地方厚生局への届出が終わり、6月から新しい点数での算定が始まりました。
ここまでは、どの解説記事にも書いてあります。点数の一覧、届出の様式、記載の手順。診療報酬コンサルティング会社も、レセコンのベンダーも、この春に一斉に記事を出しました。
ただ、届出が終わった今、院長や事務長が本当に困っているのは、その先です。
入ってきた収入を、給与のどこに、いくら乗せるのか。
ここから先は診療報酬の話ではなく、給与計算と賃金規程の話になります。この記事では、点数や届出の解説はしません。算定した評価料を、実際にどう給与へ反映させるのかを、令和8年度の疑義解釈に沿って整理します。
先に押さえておくこと
急ぎの方のために、この記事の要点を先に示します。
期限が迫っているもの
| いつまで | 何を |
|---|---|
| 令和8年8月 | 賃金改善中間報告書(令和8年6月・7月分)。令和7年度から算定していた医院は、令和7年度の実績報告書(旧様式)も必要です → 第7章 |
| 令和8年12月 | 令和8年度改定前の評価料収入を繰り越している場合、この期限までに賃金の改善措置を行う必要があります → 第2章 |
この記事の結論
- 「使い切れない」も「持ち出しになる」も、同じ一つの計算を知らないことから起きています → 第1章
- 令和8年度から、繰越の規定が削除されました。使い残しを来年に回す前提は、もう成り立ちません → 第2章
- 評価料に充てられるのは、手当の引上げ額だけではありません。それに伴って増えた賞与・時間外手当・法定福利費(実績報告では概算で最大16.5%まで計上可)も、賃金改善に充てた額として計上できます → 第3章
- 手当を1万円上げても、医院の負担は1万円では終わりません。ただし、その差額も計上できます → 第4章
- ベースアップ手当は、残業代の計算から外せません。基本給で上げても、手当で上げても同じです → 第5章
- 手当を作るなら、賃金規程に支給の条件を書き、職員に周知する。周知は施設基準の要件です → 第6章
1.「使い切れない」と「持ち出しになる」が、同じ院内で起きている
令和8年3月まで、ベースアップ評価料を算定していなかったクリニックは、少なからずありました。
理由はさまざまです。届出の書類が煩雑だった。対象職員の給与を全員分洗い出す手間に見合わないと判断した。あるいは、収入を全額賃金改善に充てなければならないなら、手元に残るものはないと考えた。算定を見送ること自体が、制度違反になるわけではありません。
ところが、令和8年度の改定で、状況が変わりました。
今回の改定では、継続して賃上げに取り組んできた医療機関を、より高く評価する区分が設けられました。外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)でいえば「注5」と呼ばれる区分です。この区分に該当するかどうかで、算定できる点数が変わります。そして、その差は令和9年6月以降、さらに広がることが予定されています。
該当するのは、次のいずれかです。
- 令和8年3月31日時点で、外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)を届け出ていた医療機関
- 届け出ていなかったが、令和6年3月時点と比べて、施設基準に定める水準以上のベースアップを実施していた医療機関(一般職員5.5%以上、看護補助者・事務職員8%以上。令和8年7月時点)
つまり、届出をしてこなかった医院でも、実際に賃上げをしてきていれば、高い区分に乗る道は残されています。逆に、届出も賃上げもしてこなかった医院は、通常の点数からのスタートになります。
「このまま見送り続けるのは難しい」——そう判断して、この6月から算定を開始したクリニックもあります。
そして、算定を始めた途端に、新しい悩みが生まれる
ここから先が、本題です。
算定を始めた医院から、正反対の2つの声が上がっています。
ひとつは、「増えた収入を、使い切れないのではないか」。
令和8年6月から点数が引き上げられ、入ってくる額が増えました。しかしベースアップ評価料は、収入の全額を対象職員の賃金改善に充てることが施設基準で求められています。使い残しは許されない。かといって、スタッフ全員の給与をそこまで上げられるものだろうか、という不安です。
もうひとつは、まったく逆で、「配りすぎて、持ち出しになるのではないか」。
評価料で入ってきた分をそのまま手当として配ったら、社会保険料の事業主負担も残業代も一緒に上がって、結局クリニックの負担が増えるのではないか、という懸念です。
同じ制度について、真逆の心配が同居している。これは、どちらかが間違っているという話ではありません。
結論を先に言います
この2つの悩みは、同じ一つの計算を知らないことから生まれています。
ベースアップ評価料で「賃金改善に充てた額」として計上できるのは、基本給や手当を引き上げた額だけではありません。その引上げに伴って増えた賞与、時間外手当、法定福利費も、計上できます。これは施設基準に明文で書かれています。
この連動分を計算に入れていないと、「手当だけでは収入に届かない、使い切れない」と見える。逆にこれを知らずに手当だけで配りきろうとすると、後から連動分が乗ってきて「持ち出しになった」となる。
同じ一枚の計算表の、裏と表です。
そして、令和8年度からもう一つ、変わったことがあります。これまで使えた「使い切れなかった分は翌年度に繰り越す」という逃げ道が、なくなりました。
次の章から、順に見ていきます。
2.令和8年度、「来年に回す」ができなくなった
ベースアップ評価料の運用で、令和8年度から大きく変わった点があります。しかも、あまり話題になっていません。
繰越の規定が、削除されました。
令和6年度には、明文の規定があった
令和6年度の施設基準には、次のような但し書きがありました。
患者数等の変動により、評価料による収入が賃金改善に用いた額を上回り、追加でベースアップを行うことが困難な場合、賞与等の手当によって賃金の改善を行うか、翌年度の賃金の改善のために繰り越しを行う——そうした取扱いが認められていたのです(令和6年度及び令和7年度において繰り越す場合は、令和8年12月までに賃金の改善措置を行うことが条件とされていました)。
つまり、使い切れなかった分を翌年度に回す道が、制度上、明確に用意されていたわけです。
令和8年度改定で、この規定が削除された
ところが、令和8年度改定では、この繰越に関する要件が削除されました。
厚生労働省の疑義解釈(その2・令和8年4月1日事務連絡)の問6は、まさにこの点を扱っています。
問6 令和8年度診療報酬改定において、翌年度の賃金の改善のために繰り越しを行う場合に係る要件が削除されたが、看護職員処遇改善評価料及びベースアップ評価料等で得られた収入を翌年度の賃金改善に用いるために繰り越すことは認められないのか。
(答) 令和8年度診療報酬改定においては、令和8年度及び令和9年度において段階的にベースアップ評価料により得られる収入を引き上げる措置が講じられていることから、令和8年6月から令和9年5月までに得られた収入については、原則として、令和9年5月までの賃金改善に用いる必要がある。令和9年度についても同様である。
「原則として、その期間内に使う」。これが令和8年度の取扱いです。
ただし、残余が出た場合の道は残されている
同じ問6の答えは、次のように続きます。
ただし、それまでの患者数等に基づいてベースアップ評価料による収入額及び賃金改善額を見積もったにもかかわらず、患者数等の変動により、当該評価料収入額が確定した後にやむを得ず残余が生じた場合については、該当年度の実績報告書を提出する8月までの対象職員への賃金改善分に充当し、当該充当分を含めて報告することとして差し支えない。
読み取れるのは、次のことです。
- 認められているのは、「見積もったにもかかわらず、患者数等の変動で、やむを得ず残余が生じた場合」
- 充当できるのは、実績報告書を提出する8月までの賃金改善分
- そのうえで、充当分を含めて報告する
翌年度に持ち越すのではなく、報告までに使い切って報告する、という構造です。
令和7年度から繰り越している分は、今年12月までに
もう一点、注意が必要です。
令和8年度改定より前のベースアップ評価料による収入を、令和8年度に繰り越している医院があります。令和6年度・令和7年度の施設基準では、それが認められていたためです。
この繰越分の扱いについて、疑義解釈(その5・令和8年5月8日事務連絡)の問1が答えています。
問1 令和8年度診療報酬改定後のベースアップ評価料の施設基準においては、ベースアップ評価料による収入の繰り越しに係る規定はないが、令和8年度診療報酬改定前のベースアップ評価料等による収入について、令和8年度に繰り越した場合の取扱い如何。
(答) 令和8年度診療報酬改定前の施設基準に基づき、令和8年12月までに賃金の改善措置を行う必要がある。
繰り越した分は、令和8年12月が期限です。新しい制度での配分設計とは別に、この分の処理が残っていないかを確認してください。
なお、この繰越額は、令和8年度の賃金改善実績報告書において「前年度からの繰越額(令和8年度分報告時のみ記載)」の欄に記載することとされています。
実務上、何を意味するか
年度が終わってから慌てて調整する、という運用は成り立ちにくくなりました。
前提として求められているのは、算定を始める時点で、収入額と賃金改善額を見積もっておくことです。疑義解釈の文面も「見積もったにもかかわらず」という言い方をしています。見積もったうえで、患者数の変動でずれた分について、8月までの充当が認められる、という順序です。
期首に配分を設計しておく。年度の途中で収入と支給の状況を突き合わせておく。その積み重ねの結果として残った分を、報告までに調整する。これが令和8年度以降の基本形になります。
そして、その「配分の設計」をどう組むかが、次の章のテーマです。
なお、ベースアップ評価料の取扱いは、疑義解釈が継続して発出されています。令和8年度改定に関するものだけでも、6月末時点で複数回にわたって追加されています。ここに書いた内容も、今後の疑義解釈で補足や変更がなされる可能性があります。実務にあたっては、厚生労働省の特設ページで最新の疑義解釈を確認してください。
3.賞与で調整していいのか——評価料に充てられるものの範囲
「評価料の収入を、どこに、いくら乗せるか」を考える前に、そもそも何に充てられるのかを確認します。ここが曖昧なままだと、計算が始まりません。
施設基準は、こう書いている
厚生労働省の疑義解釈(その2・令和8年4月1日事務連絡)の問7に、施設基準の文言がそのまま示されています。
施設基準に定めるとおり、当該評価料により得られる収入は、全て、対象職員の基本給又は決まって毎月支払われる手当の引上げ及びそれに伴う賞与、時間外手当、法定福利費(事業者負担分等を含む。)等の増加分に用いること。
短い一文ですが、2つの層に分かれています。
- 【主となるもの】基本給、または決まって毎月支払われる手当の引上げ
- 【それに伴って増えるもの】賞与、時間外手当、法定福利費(事業者負担分を含む)の増加分
多くの医院が見落としているのは、後半です。手当をいくら上げたか、という額だけを見て「収入に届かない」と考えてしまう。しかし施設基準は、その引上げに伴って増えた賞与・残業代・社会保険料の事業主負担も、充てた額として計上してよいと言っています。
法定福利費は、最大16.5%の概算が使える
法定福利費の扱いについては、疑義解釈(その3・令和8年4月20日事務連絡)の問1で、次のように整理されています。
法定福利費(健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料、子ども・子育て拠出金、雇用保険料、労災保険料等)における、賃金改善に応じた事業者負担の増加分。
なお、実績報告書の記載における法定福利費の額の計算については、合理的な方法に基づく概算(概算の場合、最大16.5%)によることができる。
職員ひとりひとりの標準報酬月額の変動を追って計算する必要はなく、概算での計上が認められています。
ただし、任意加入とされている制度に係る増加分は含みません。同じ疑義解釈で、退職手当共済制度等における掛金、企業型確定拠出年金の掛金は含まないことが明示されています。
(いずれも令和8年7月時点の取扱いです。)
なぜ「賞与での調整」が実務上必要になるのか
ここで、制度の性質を確認しておきます。
ベースアップ評価料は、変動収入です。
初診料や再診料に上乗せして算定するものなので、収入額は患者数に連動して動きます。年度の初めに「今年いくら入ってくるか」を正確に確定させることは、できません。
一方、基本給や毎月の手当は、いったん上げれば毎月確実に払い続けなければならないものです。患者数が想定を下回ったからといって、翌月に下げるわけにはいきません。
つまり、こういう構造になります。
- 収入は変動する。読み切れない
- 毎月の手当は、確実に払える水準でなければならない
- したがって、毎月の引上げは、堅めの見積もり(最低基準)で設計せざるを得ない
- 結果として、想定より収入が上振れした分は、年度の後半に余ることになる
この余剰分の受け皿として、賞与が使われます。
毎月のベースアップを行ったうえでの、賞与への充当
施設基準の主軸は、あくまで「基本給または決まって毎月支払われる手当の引上げ」です。ここを行わずに、賞与だけで賃金改善を済ませる、という設計にはなっていません。
一方で、毎月の引上げをきちんと行ったうえで、それに伴って増えた賞与を充てた額として計上することは、施設基準の文言に明記されています。前掲の「それに伴う賞与…の増加分に用いること」がそれです。
さらに、前章で見たとおり、患者数等の変動によりやむを得ず残余が生じた場合には、実績報告書を提出する8月までの賃金改善分に充当し、充当分を含めて報告することが認められています(疑義解釈その2 問6)。
毎月の引上げを堅めに設計し、上振れした分を賞与や一時金で調整する。これは、変動収入である評価料の性質から自然に導かれる運用です。
新しく手当を作ってもよい
令和8年4月以降に新設した手当に評価料を充ててよいか、という問いには、疑義解釈(その7・令和8年5月29日事務連絡)の問3が答えています。
(答) 当該手当が一時的に支払われるものでなく、対象職員に対して、決まって毎月支払われる給与(基本給等の一部)であれば、差し支えない。
「ベースアップ手当」のような名称で新たに手当を設け、そこに充てる設計は、制度上認められています。なぜ基本給ではなく手当なのか——その判断については、第5章で扱います。
充てられないもの
評価料の収入は、対象職員の賃金改善に充てるものです。賃金に直接落ちない費目、たとえば研修費や備品の購入費、法定外の福利厚生費などに充てることはできません。
4.手当を1万円上げると、人件費はいくら増えるか
ここまでの内容を、実際の数字に落とします。
前提 — 以下はモデル計算です。職員構成や残業時間によって結果は変わるので、必ず自院の数字で計算してください。数値は令和8年7月時点のものです。
- 対象職員8名(常勤5名、パート3名)
- 常勤の月平均所定労働時間 168時間
- 常勤の時間外労働 月10時間(パートには時間外労働なし)
- 「ベースアップ手当」を新設し、対象職員全員に月1万円を支給
- この手当は、賞与の算定基礎には含めない設計とする
- 社会保険(協会けんぽ・厚生年金)に加入
① 手当そのもの
1万円 × 8名 × 12か月 = 年間 96万円
多くの医院が見ているのは、この数字です。
② 時間外手当の増加分
ここから先が、見落とされます。
ベースアップ手当は、割増賃金の算定基礎に入ります。労働基準法上、割増賃金の基礎から除外できる手当は限定的に定められており(第5章で詳述します)、ベースアップを目的とした手当はそこに含まれません。手当を1万円上げれば、残業単価も上がります。
- 手当1万円分の時間単価上昇:10,000円 ÷ 168時間 ≒ 約60円
- 割増率1.25を掛けると:約74円/時間
- 常勤1名あたり月10時間の残業:約740円/月
- 常勤5名 × 12か月:年間 約4万5,000円
③ 法定福利費の増加分
賃金が上がれば、社会保険料の事業主負担も増えます。疑義解釈(その3)問1により、実績報告書の記載では合理的な方法に基づく概算(最大16.5%)によることができます。
- (96万円 + 4万5,000円)× 16.5% ≒ 年間 約16万6,000円
合計すると
| 項目 | 年間 |
|---|---|
| ① ベースアップ手当 | 96万円 |
| ② 時間外手当の増加分 | 約4万5,000円 |
| ③ 法定福利費の増加分 | 約16万6,000円 |
| 医院から出ていく額(合計) | 約117万円 |
職員に手当として渡るのは96万円。しかし医院から出ていくのは約117万円です。差額の約21万円が、「配ったつもりのない出費」として後から乗ってきます。
これが「持ち出しになった」と感じる正体です。
しかし、この21万円も、評価料に充てた額として計上できる
ここが本題です。
前章で確認したとおり、施設基準は「基本給又は決まって毎月支払われる手当の引上げ及びそれに伴う賞与、時間外手当、法定福利費(事業者負担分等を含む。)等の増加分に用いること」としています。
つまり、②の時間外手当の増加分も、③の法定福利費の増加分も、「賃金改善に充てた額」として計上できます。賃金改善実績報告書にも、これらを記載する欄が設けられています。
したがって:
- 評価料の収入見込みが約117万円なら、手当1万円でちょうど使い切れる
- ①の96万円しか見ていないと、「21万円足りない」と誤認する
- その誤認のまま手当を積み増すと、今度は本当に持ち出しになる
「使い切れない」も「持ち出しになる」も、②と③を計算に入れていないことから生じています。
逆算する:手当はいくらに設定すべきか
このモデルでは、医院から出ていく総額のうち、手当そのものが占める割合は約82%でした(96万円 ÷ 117万円)。
大まかな目安として、
毎月の手当として配れるのは、評価料の収入見込みの8割程度。残りの2割は、連動して増える分で埋まる。
と考えると、設計しやすくなります。
ただし、この割合は残業時間の多寡と、パート比率によって変わります。残業が多い医院ほど②が膨らむので、手当に回せる割合は下がります。逆に残業がほとんどない医院では、手当の比率が上がります。自院の数字で計算してください。
収入は変動する。だから、堅めに設計する
前章で触れたとおり、ベースアップ評価料は患者数に連動する変動収入です。年度の初めに「今年いくら入るか」を確定させることはできません。
一方、毎月の手当は、いったん上げたら払い続けなければならないものです。
したがって、収入見込みは堅めに(最低基準で)置き、手当はその範囲で設計するのが実務的です。上振れした分は、前章で見たとおり、賞与や一時金での調整に回せます。
小規模クリニックの実践
職員10人前後の医院で、ひとりひとりの標準報酬月額の変動を追い、残業時間の見込みを月次で組み替えて……という精緻な管理は、現実的ではありません。
シンプルに、こう回すのが現実的です。
- 収入見込みを堅めに置く
- その8割程度を毎月の手当原資とし、手当額を決める
- 期の途中で、実際の収入と支給額を一度突き合わせる
- 上振れした分は、賞与や一時金で調整する
完璧な計算表を作るより、「毎月の手当は堅めに、余りは期末に調整する」という一本の方針を守るほうが、結果として要件を満たしやすいはずです。
ひとつ、確認しておくべきこと
法定福利費の16.5%は、概算の上限です。疑義解釈は「合理的な方法に基づく概算」という言い方をしています。
医師国保・歯科医師国保に加入している職員がいる場合、医院の実際の負担割合は、協会けんぽの場合と異なることがあります。医院が保険料の一部を負担しているかどうかによっても変わります。
自院の実態が16.5%と大きく異なる場合は、実態に即した計算が必要になる可能性があります。概算の取り方に迷う場合は、管轄の地方厚生局に確認してください。
5.基本給で上げるか、ベースアップ手当で上げるか
評価料を給与に乗せる方法は、大きく2つです。基本給を引き上げるか、新しく手当を作るか。
施設基準は「基本給又は決まって毎月支払われる手当の引上げ」としており、どちらでもよいという書き方をしています。実際、令和8年4月以降に新設した手当に充てることも、疑義解釈(その7)問3で認められています。
では、何が違うのか。
違いが出るのは、波及の範囲
| 基本給を引き上げる | ベースアップ手当を新設する | |
|---|---|---|
| 賞与への波及 | 基本給連動の賞与規程なら、賞与も増える | 賞与の算定基礎に含めるかどうかを、規程で決められる |
| 退職金への波及 | 基本給連動なら、将来の退職金も増える | 算定基礎から外す設計ができる |
| 時間外手当 | 算定基礎に入る | 同じく算定基礎に入る。外せない |
| 社会保険料 | 標準報酬月額が上がる | 同じく上がる。外せない |
下2つが重要です。手当にしても、残業代と社会保険料への波及は止められません。第4章で計算した「出ていく額」は、基本給で上げても手当で上げても、変わりません。
割増賃金の算定基礎から外せる手当は、決まっている
「ベースアップ手当は、残業代の計算に入れなくてもいいのでは」と考える方がいますが、これはできません。
労働基準法上、割増賃金の算定基礎から除外できる賃金は、限定的に列挙されています。
- 家族手当、通勤手当(労働基準法第37条第5項)
- 別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(労働基準法施行規則第21条)
この7つ以外は、名称が何であれ、割増賃金の算定基礎に算入しなければなりません。「ベースアップ手当」も「処遇改善手当」も、このいずれにも当たりません。
なお、家族手当・住宅手当であっても、扶養人数や住宅費用に応じて支給額が変わるものでなければ除外できず、一律支給の場合は算入対象になります。名前ではなく、実態で判断されます。
この点については、厚生労働省自身が疑義解釈で答えています。
問 ベースアップ評価料の施設基準において、「決まって毎月支払われる手当」を支払う場合に、その金額を割増賃金(超過勤務手当)や賞与に反映させる必要はあるのか。
(答) 労働基準法第37条第5項及び労働基準法施行規則第21条で列挙されている手当に該当しない限り、割増賃金の基礎となる賃金に算入して割増賃金を支払う必要がある。
ベースアップ評価料を原資とする手当であっても、労働基準法の適用に例外はない、ということです。
実務では、手当が選ばれることが多い
現場では、基本給ではなく「ベースアップ手当」として新設する例が多く見られます。
理由は、制度が変わったときの身動きの取りやすさです。
ベースアップ評価料は、令和6年度に新設され、令和8年度に大きく見直されました。今後、縮小や廃止がないとは言い切れません。基本給を引き上げてしまうと、制度がなくなったときに元に戻すことは、事実上できません。
手当であれば、支給の条件を規程で定めておくことで、制度変更時の対応を検討する余地が残ります。ただし、規程に何も書かずに手当を出し始めると、後から減額・廃止することは困難になります。ここは次章で扱います。
賞与に含めるか、外すか——消化のしやすさが変わる
手当を作る場合、賞与の算定基礎に含めるかどうかを規程で決めることになります。
ここに、見落とされやすい論点があります。
施設基準は、評価料の使途として「基本給又は決まって毎月支払われる手当の引上げ及びそれに伴う賞与、時間外手当、法定福利費…等の増加分」と定めています。
つまり、手当を賞与の算定基礎に含めれば、それによって増えた賞与も、評価料に充てた額として計上できます。
- 賞与に含める → 賞与が増える分、支出も増えるが、計上できる額も増える。消化はしやすくなる
- 賞与から外す → 支出は抑えられるが、計上できる「賞与の増加分」が発生しない。その分、消化は難しくなる
どちらが正しいという話ではありません。ただ、「賞与に含めるかどうか」という一見すると賃金設計だけの判断が、評価料を使い切れるかどうかに直結していることは、意識しておく価値があります。
実務では、賞与の算定基礎に含める設計を採ることが少なくありません。評価料の消化という観点からは、理にかなった選択です。
手当を選ぶなら、規程の書き方が要になる
手当で上げる場合、賃金規程にどう書いておくかが、後々の分かれ目になります。次章で扱います。
6.賃金規程に、どう書いておくか
手当を新設したら、賃金規程に定める必要があります。しかもこの制度では、規程を整備し、職員に周知することが、施設基準そのものになっています。
職員への周知は、施設基準の要件
特掲診療料の施設基準等の通知には、こうあります。
当該保険医療機関は、対象職員に対して、賃金改善を実施する方法等について周知するとともに、就業規則等の内容についても周知すること。また、対象職員から当該評価料に係る賃金改善に関する照会を受けた場合には、当該対象者についての賃金改善の内容について、書面を用いて説明すること等により分かりやすく回答すること。
読み取れる義務は、2つです。
- 賃金改善の方法と、就業規則等の内容を、対象職員に周知すること
- 職員から照会があったら、その職員の賃金改善の内容を、書面等で分かりやすく回答すること
周知の方法については、疑義解釈で「書面で配布する方法や、職員が確認できる箇所に掲示する方法」が例示されています。院内向けの案内文を作成して配布する、というやり方が実務ではよく採られます。
「手当を増やしたのだから、職員は文句を言わないだろう」と考えて何も説明しないままにしておくと、施設基準を満たしていないことになります。ここは見落とされやすい部分です。
何も書かずに手当を出し始めると、後から止められない
もう一つ、規程を整備すべき理由があります。
一度支給を始めた手当は、労働条件の一部になります。
規程に何の条件も書かないまま「ベースアップ手当 月1万円」を支給し続けると、それは労働条件として固定されます。将来、診療報酬改定でベースアップ評価料が縮小・廃止されても、手当だけが固定費として残ることになりかねません。
使用者が一方的に賃金を引き下げることは、労働契約法上、原則としてできません(第9条)。就業規則の変更による引下げも、変更に合理性があることなど、厳しい要件が課されます(第10条)。
「制度がなくなったから手当も廃止します」が、当然に通るわけではないのです。
だから、支給の条件を最初に書いておく
対応は、手当を新設する時点で、支給の条件を規程に明記しておくことです。
盛り込む要素は、次の5つです。
- この手当がベースアップ評価料を原資とするものであること
- 支給対象者(施設基準上の対象職員の範囲)
- 支給額の決め方と、年度ごとに見直すこと
- 評価料が廃止・縮小された場合、または算定しないこととなった場合に、減額・廃止がありうること
- 賞与の算定基礎に含めるかどうか
条文例
あくまで一例です。自院の賃金規程の構成に合わせて調整してください。
(ベースアップ手当)
第○条 ベースアップ手当は、診療報酬におけるベースアップ評価料の算定により得られる収入を原資として、対象職員に支給する。
2 支給対象者は、ベースアップ評価料の施設基準に定める対象職員とする。
3 支給額は、ベースアップ評価料による収入の見込額に基づき、年度ごとに決定し、対象職員に周知する。
4 本手当は、当院がベースアップ評価料を算定していることを支給の条件とする。診療報酬改定その他の事由により、ベースアップ評価料が廃止若しくは縮小された場合、又は当院が算定を行わないこととなった場合には、本手当を減額し、又は廃止することがある。
5 本手当は、賞与の算定基礎に含める。
第4項が要です。「評価料の算定を前提とした手当である」ことを、支給の条件として最初に示しておく。これがあるかないかで、後の対応の余地が大きく変わります。
第5項は、第5章で見たとおり、評価料の消化のしやすさに直結する判断です。含める場合は、その旨を明記しておきます。
ただし、書いておけば必ず減額できる、というわけではない
ここは、正直に書いておきます。
規程に減額・廃止の可能性を書いてあることは、後の判断で考慮される一要素にすぎません。「書いてあるから、いつでも自由に下げられる」ということにはなりません。実際に減額する場面では、その時点での必要性、不利益の程度、職員への説明といった事情が問われます。
それでも、何も書いていない場合とは、立場がまったく違います。職員も、支給開始の時点で条件を知らされていれば、納得を得やすくなります。
なお、経営上の事情から、評価料による改善分を除く賃金水準そのものを引き下げたうえで賃金改善を行う場合には、地方厚生局への特別事情届出書(様式94)の提出が求められています。安易な引下げが想定されていない制度である、ということです。
就業規則がない医院は、まずそこから
常時使用する労働者が10人未満の医院には、就業規則の作成・届出義務はありません。しかし、ベースアップ評価料の施設基準は「就業規則等の内容についても周知すること」を求めています。
手当を作るなら、その根拠となる規程が必要です。就業規則そのものがない、あるいは何年も前に作ったまま実態と合っていない——という状態であれば、まずそこから手をつけることになります。

7.誰に配るのか、いつ報告するのか
配分の設計ができたら、あとは「誰に」と「いつまでに何を出すか」です。ここで取りこぼすと、せっかくの設計が要件違反になります。
誰が対象で、誰が対象外か
令和8年度改定で、対象職員の範囲が広がりました。
対象になる職員 — 保険医療機関に勤務する職員です。看護師、准看護師、薬剤師、各種技師、リハビリ職などに加え、令和8年度から事務職員、40歳未満の医師・歯科医師が対象に加わりました。
対象から除かれる職員 — 次の方々は対象外です。
- 保険医療機関の開設者、管理者
- 医療法人の代表者、役員
- 40歳以上の医師・歯科医師
- 業務委託により勤務する者
個人クリニックの場合、院長は開設者かつ管理者なので、対象外です。ここは間違えやすいところです。
「事務職員」とは、何を指すのか
個人クリニックの事務スタッフは、受付も会計もレセプトも、時には掃除も担当します。「これは事務職員として対象になるのか」と迷うところです。
疑義解釈(その7・令和8年5月29日事務連絡)の問6に、答えがあります。
問6 ベースアップ評価料の対象職員について、「事務職員」とは具体的に何を指すか。
(答) 主として事務を担当している者(医師事務作業補助者(医療クラーク)、診療情報管理士を含む)を指す。
判断基準は「主として」です。業務を細かく切り分けて按分する、という発想ではありません。主に事務を担当しているのであれば、事務職員として扱うことになります。
なお、開設者の家族が事務を担っているケースもあります。この場合、その方が管理者や法人の役員に当たらないかどうかは、確認しておく必要があります。役員であれば対象外です。
3.2%・5.7%は、算定の要件ではない
「令和8年度は3.2%(看護補助者・事務職員は5.7%)の賃上げ」という数字が、あちこちで目にされていると思います。これは達成しなければ算定できない要件ではありません。
疑義解釈(その2・令和8年4月1日事務連絡)の問7が、この点を明確にしています。
問7 …ベースアップ評価料を算定しても3.2%及び5.7%のベースアップを達成できない場合であっても、ベースアップ評価料は算定できるのか。
(答) 可能。ただし、施設基準に定めるとおり、当該評価料により得られる収入は、全て、対象職員の基本給又は決まって毎月支払われる手当の引上げ及びそれに伴う賞与、時間外手当、法定福利費(事業者負担分等を含む。)等の増加分に用いること。
要件は「収入の全額を賃金改善に充てること」であって、「目標率を達成すること」ではありません。評価料の収入だけで3.2%に届かないからといって、自院の持ち出しで目標を達成する義務はありません。
ここを混同すると、必要のない賃上げを自腹で行うことになります。
8月に、何を出すのか
報告は、毎年8月です。ただし令和8年8月は、2つの報告が重なります。
| 提出するもの | 内容 | 様式 |
|---|---|---|
| 賃金改善実績報告書 | 令和7年度の賃金改善の取組状況 | 旧様式(令和7年度用) |
| 賃金改善中間報告書 | 令和8年度(算定中の年度)の取組状況。令和8年6月・7月分の実績 | 新様式 |
令和7年度から算定していた医院は、この2つを提出します。様式が別なので、注意が必要です。
この6月から新たに算定を始めた医院は、中間報告書のみとなります。
記録を残しておく
報告書には、記載内容に虚偽がないことと、記載内容を証明する資料を適切に保管していることを誓約する欄があります。
したがって、次のものは残しておく必要があります。
- 賃金台帳(手当の支給額が確認できるもの)
- 賞与台帳
- 社会保険料の事業主負担額が分かる資料
- 評価料による収入額が分かる資料
報告するのは総額ですが、求められれば、その総額の内訳を説明できる状態にしておく、ということです。毎月の給与計算のなかで、ベースアップ手当を独立した項目として管理しておけば、この作業は大幅に楽になります。
よくある質問
ベースアップ評価料の収入を、賞与だけで配ってもよいですか。
施設基準は、評価料の収入を「対象職員の基本給又は決まって毎月支払われる手当の引上げ及びそれに伴う賞与、時間外手当、法定福利費等の増加分」に用いることとしています。賞与は「それに伴う」増加分として位置づけられており、毎月の引上げを行わずに賞与だけで済ませる、という設計にはなっていません。
一方で、毎月の引上げを行ったうえで、上振れした分を賞与に充てることは認められています。ベースアップ評価料は患者数に連動する変動収入なので、実務上はこの調整が必要になります。
使い切れなかった分を、翌年度に繰り越せますか。
令和8年度改定で、繰越に係る要件は削除されました。令和8年6月から令和9年5月までに得られた収入は、原則として令和9年5月までの賃金改善に用いる必要があります(疑義解釈その2 問6)。
ただし、患者数等の変動によりやむを得ず残余が生じた場合は、実績報告書を提出する8月までの賃金改善分に充当し、充当分を含めて報告することが認められています。
なお、令和8年度改定より前の評価料による収入を令和8年度に繰り越している場合は、改定前の施設基準に基づき、令和8年12月までに賃金の改善措置を行う必要があります(疑義解釈その5 問1)。
ベースアップ手当は、残業代の計算に入れなくてもよいですか。
入れなければなりません。
割増賃金の算定基礎から除外できる賃金は、家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、1か月を超える期間ごとに支払われる賃金——の7つに限られています(労働基準法第37条第5項、労働基準法施行規則第21条)。ベースアップ手当は、このいずれにも当たりません。
厚生労働省も疑義解釈で、列挙された手当に該当しない限り、割増賃金の基礎となる賃金に算入して割増賃金を支払う必要があるとしています。
賃上げ目標の3.2%(事務職員は5.7%)を達成できません。算定できなくなりますか。
算定できます。疑義解釈(その2)問7で、目標を達成できない場合でも算定は可能とされています。
要件は「評価料による収入の全額を賃金改善に充てること」であって、目標率の達成ではありません。評価料の収入で足りない分を、自院の持ち出しで賃上げする義務はありません。
院長の配偶者が事務を担当しています。対象になりますか。
開設者、管理者、法人の代表者・役員は対象外です(疑義解釈その4 問1)。配偶者がこれらに該当しないのであれば、「主として事務を担当している者」として対象になり得ます。
医療法人の役員に就任している場合は対象外になるので、まず立場を確認してください。
手当を一度出したら、もう下げられませんか。
一度支給を始めた手当は労働条件の一部になり、一方的な減額・廃止は原則としてできません(労働契約法第9条・第10条)。
そのため、手当を新設する時点で、「ベースアップ評価料の算定を前提とした手当であり、制度の廃止・縮小時には減額・廃止がありうる」旨を賃金規程に定めておくことが実務上の対応になります。ただし、規程に書いてあれば必ず減額できるというものではありません。
就業規則がありません。手当だけ作ってもよいですか。
施設基準は「対象職員に対して、賃金改善を実施する方法等について周知するとともに、就業規則等の内容についても周知すること」を求めています。手当の根拠となる規程が必要です。
常時10人未満の医院に就業規則の作成義務はありませんが、この制度を運用するのであれば、規程の整備は避けて通れません。
まとめ
ベースアップ評価料は、令和8年6月から点数が引き上げられました。届出も終わり、収入は毎月入ってきています。
そこで生じているのが、「使い切れないのではないか」と「持ち出しになるのではないか」という、正反対の2つの悩みです。
どちらも、同じ一つの計算を知らないことから生まれています。
評価料に充てられるのは、基本給や手当を上げた額だけではありません。それに伴って増えた賞与、時間外手当、法定福利費(実績報告では概算で最大16.5%まで計上可)も、賃金改善に充てた額として計上できます。この連動分を計算に入れれば、「足りない」は多くの場合、埋まります。逆に入れずに手当を積み増せば、後から連動分が乗ってきて、本当に持ち出しになります。
そして、令和8年度から繰越の規定が削除されました。使い切れなかった分を来年に回す、という運用は、もう前提にできません。
やるべきことは、シンプルです。
- 収入見込みを堅めに置く
- 毎月の手当は、その範囲で設計する(連動分を見込んで、収入見込みの8割程度が目安。ただし本記事のモデル計算に基づく目安であり、残業時間やパート比率によって変わります)
- 賃金規程に、支給の条件を書いておく(制度が変わったときのために)
- 職員に周知する(これは施設基準の要件です)
- 期の途中で収入と支給を突き合わせ、上振れ分は賞与等で調整する
完璧な計算表を作ることより、この一連の流れを回すことのほうが、結果として要件を満たしやすいはずです。
最後に、いくつかお断りをしておきます。
この記事の内容は、令和8年7月時点の告示・通知・疑義解釈に基づいています。ベースアップ評価料は、令和6年度に新設され、令和8年度に大きく見直された制度です。疑義解釈も継続して発出されており、取扱いが今後変わる可能性があります。
実際に運用される際は、厚生労働省の特設ページ「令和8年度診療報酬改定におけるベースアップ評価料等について」で、最新の情報を必ず確認してください。
そして、自院の職員構成や賃金体系によって、適切な設計は変わります。判断に迷う場合は、管轄の地方厚生局や、顧問の社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
