ベースアップ評価料、次の賃上げは基本給か手当か?継続的な賃上げが条件になった令和8年度以降の配分と、定期昇給との分け方

ベースアップ評価料を算定している医療機関では、毎年8月に賃金改善実績報告書と中間報告書を提出します。その提出を終えると、次に来るのが賃上げそのものの判断です。

評価料による賃金改善を、基本給の引上げで行うのか、手当の支給で行うのか。制度はどちらでもよいとしています。しかし、どちらを選ぶかで、その後の実績報告の手間も、評価料が縮小したときに取りうる選択肢も変わります。

しかも令和8年度の診療報酬改定で、この判断の重みが増しました。継続的に賃上げを行っているかどうかが、算定できる点数そのものに結びついたためです。一度どこに乗せるかを決めると、翌年以降もその積み上げが続きます。

この記事は、これから評価料を届け出る医療機関ではなく、すでに算定している診療所・歯科診療所を対象に、次の賃上げをどこに乗せるかを整理します。

目次

1. 結論:手当を厚めにし、基本給は定期昇給で上げる

先に結論をお伝えします。評価料による賃金改善は手当を厚めに配分し、基本給は定期昇給で上げていく。この形が、多くの診療所にとって扱いやすい設計です。当事務所の顧問先でも、手当側を厚くする設計を採ることが多くなっています。

理由は3つあります。

1つめは、制度が配分先を特定するよう求めていることです。施設基準には「賃金の改善の対象とする項目を特定して行うこと」と書かれています。どの項目に乗せたのかを後から説明できる状態にしておく必要があり、基本給に混ぜ込む形はこれと相性がよくありません。

2つめは、実績報告での切り分けです。基本給に乗せると、定期昇給や昇進による上昇と混ざるため、報告書を作るたびに、どこまでが評価料による改善かを分解する必要が出てきます。手当として分けておけば、その手当の額をそのまま拾えば済みます。

3つめは、後から動かせるかどうかです。基本給を引き下げることは、労働契約法上、事実上できません。手当であれば基本給よりは余地が残ります。ただし「手当なら自由に下げられる」わけではなく、ここは誤解の多いところです。

一方で、手当にしても変わらないものもあります。残業代の単価も、社会保険料も、基本給に乗せた場合と同じように上がります。「手当にすれば人件費の波及を抑えられる」という理解は誤りです。

そして、全額を手当にするという話でもありません。基本給が動かないままだと、賞与や退職金の水準が上がらず、職員から見れば「ベースは上がっていない」という状態になります。だからこそ、基本給は定期昇給で上げる。評価料と定期昇給を別の財布として設計するというのが、この記事で提案する考え方です。

以降の章で、この3つの理由と、実際の分け方を順に見ていきます。

2. 制度が決めているのは「どちらか」ではなく「特定すること」

施設基準は、基本給と手当を並べて書いている

「ベースアップ評価料は基本給に組み込まなければならない」という理解は、医療機関のあいだに根強くあります。しかし施設基準の原文には、そうは書かれていません。

当該評価料により得られる収入は、対象職員の基本給又は決まって毎月支払われる手当(以下、「基本給等」という。)の引上げ(以下「ベア等」という。)及びそれに伴う賞与、時間外手当、法定福利費(事業者負担分等を含む。)等の増加分に用いること。

特掲診療料の施設基準等及びその届出に関する手続きの取扱いについて 令和8年3月5日 保医発0305第8号 第105の1(3))

基本給と手当は「又は」で並べられ、両方まとめて「基本給等」と定義されています。そして、その基本給等の引上げが「ベア等」です。

つまり手当は、基本給の代わりに仕方なく使う手段ではありません。制度上、基本給と対等な選択肢として最初から書かれています。この点は疑義解釈を探しに行くまでもなく、施設基準そのもので決着しています。

なお令和8年度改定では、恒常的に夜間を含む交替制勤務をとっている職場の夜勤手当について、決まって毎月支払われる手当に準じて基本給等に含めて差し支えないとされました。無床の診療所では出番の少ない取扱いですが、在宅療養支援診療所などで夜間の交替制勤務がある場合は関係します。

制度が求めているのは「どの項目に乗せたか」を特定すること

では制度は何を求めているのか。同じ条文の後段にこうあります。

いずれの場合においても、賃金の改善の対象とする項目を特定して行うこと。

特定する、というのは、後から説明できる状態にしておくということです。

この要求は、施設基準の別のところにある義務とつながっています。評価料を算定する医療機関は、賃金改善を実施する方法について対象職員に周知しなければならず、職員から照会を受けた場合には、その職員についての賃金改善の内容を書面を用いて説明するなどして分かりやすく回答する必要があります。

「基本給が例年より少し多く上がっている」という状態では、この説明ができません。どこまでが定期昇給で、どこからが評価料によるものかを、医院側が答えられないためです。配分先を分けておくことは、事務の都合である以前に、施設基準が求める説明責任に直結しています。

他の賃金項目の水準を下げてはいけない

もう一つ、見落とされやすい規定があります。

当該評価料によって賃金の改善を実施する項目以外の賃金項目(業績等に応じて変動するものを除く。)の水準を低下させてはならない。

評価料で手当を新設し、その分だけ基本給を下げる、という設計はできません。総額が変わらなければよい、という話ではないということです。

一方で、定期昇給そのものを行わないことを禁じる規定は、施設基準には見当たりませんでした。据え置きは「水準の低下」には当たらないためです。ただし、評価料で手当が増えた年に定期昇給を止めれば、職員から見れば手取りの増え方は例年と変わりません。先ほどの照会への回答義務がある以上、その説明を医院側が負うことになります。

賞与で配るのは、あくまで例外

施設基準は、賞与等による賃金改善を認めてはいますが、条件を付けています。ベア等を行った医療機関において、患者数等の変動により評価料による収入が賃金改善に用いた額を上回り、追加でベア等を行うことが困難な場合に限り、賞与等の手当など、ベア等以外の方法による賃金改善が認められる、という書き方です。

最初から賞与で配る設計は想定されていません。この点は、評価料が余ったときの扱いを整理した記事で詳しく扱っています。

3. 継続的に賃上げを続けることが、点数の条件になった

高い点数と、低い点数がある

令和8年度の診療報酬改定で、外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)に2段階の点数が設けられました。

継続して賃上げに係る取組を実施した医療機関は、初診時23点・再診時等6点を算定します。そうでない医療機関は、初診時17点・再診時等4点です。

ただし、差額の6点は「新しく配れる原資」ではない

ここで、点数の差をそのまま追加の原資と考えると、実績報告で行き詰まります。

厚生労働省の賃金改善実績報告書・中間報告書の提出の手引きには、継続的賃上げ実施施設の令和8年度の点数には、令和7年度以前からの賃上げ分と令和8年度の賃上げ分が合算されていると書かれています。このため、収入の実績を報告する際は、実際に算定した点数ではなく、令和8年度分にあたる「本体点数」に算定回数を乗じた額を入力することとされています。

実際の算定点数本体点数(令和8年度賃上げ分)
初診時23点17点
再診時等6点4点
訪問診療時(同一建物以外)107点79点
訪問診療時(同一建物)26点19点

差額の6点は、令和7年度以前に実施した賃上げを維持し続けるための原資です。新たな賃金改善に使える分ではありません。

このことは、制度の性格をよく表しています。一度上げた賃金は下げない、という前提で組まれているということです。評価料は、毎年ゼロから配り直す補助金ではなく、積み上げた水準を維持しながら、その上にさらに乗せていく仕組みになっています。

一度どこに乗せるかを決めた判断が、翌年以降もそのまま引き継がれる。配分先の選択が重いのは、このためです。

高い点数を算定できる2つの入口

施設基準では、以下のいずれかに該当することとされています。

1つめは、令和8年3月31日時点で外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)を届け出ていたこと。すでに算定している医院は、これに該当します。令和8年度については、追加で何かを達成する必要はありません。

2つめは、賃上げの水準で判定される道です。対象職員(医師・歯科医師を除く)の基本給等を合計し、令和6年3月時点の給与体系に当てはめた場合と比較して

  • 令和8年度は、5分5厘(看護補助者・事務職員は8分)に相当する水準以上のベア等
  • 令和9年度は、8分7厘(看護補助者・事務職員は1割3分7厘)に相当する水準以上のベア等

を行っていることが求められます。

令和6年3月を起点に、2年間で8.7%。事務職員に至っては13.7%です。単年の判断ではなく、令和6年度・令和7年度に積み上げてきた分を含めて到達する水準として設計されています。

判定は「基本給等」の合計で行われる

ここが、配分の判断に直接効いてきます。

この水準判定に使われるのは「基本給等」です。第2章で見たとおり、基本給等とは基本給又は決まって毎月支払われる手当を指します。

つまり、ベースアップ手当として支給していても、基本給に組み込んだ場合とまったく同じように、この判定に算入されます。手当に寄せたからといって、高い点数の要件で不利になることはありません。

「継続的な賃上げが条件になったのだから、基本給をしっかり上げておかなければ」という発想は、この点で不要です。求められているのは基本給の引上げではなく、基本給等の水準の引上げです。

令和9年6月には、点数そのものが引き上げられる

さらに、令和9年6月以降は、1から3までに規定する点数がそれぞれ所定点数の100分の200に相当する点数で算定されることになっています。評価料による収入は、来年さらに増える見込みです。

収入が増えれば、賃金改善に充てるべき額も増えます。次の賃上げをどこに乗せるかという判断は、今年だけの話ではありません。来年、その次と、同じ判断を繰り返すことになります。基本給に乗せ続ければ、その積み上げは戻せない形で残ります。

令和9年度の扱いには、確定していない点があります

施設基準は「いずれかに該当すること」と書いているため、条文どおりに読めば、令和8年3月31日時点で届出済みの医院は令和9年度も1つめの入口で該当し続けます。

ただし、2つめの入口にわざわざ令和9年度の水準が置かれている以上、令和9年度に向けて別の整理が示される可能性は残ります。現時点で公表されている疑義解釈では、この点を明示したものを確認できませんでした。令和9年6月の届出時期が近づいた段階で、必ず最新の通知を確認してください。

4. 基準時点は2つある。混同すると計算が合わなくなる

何と比べるかが、判定によって違う

ベースアップ評価料には、「いつの給与体系と比べるか」という基準時点が2つあります。しかも用途が違います。

何の判定か比較する時点
賃金改善の実績(実績報告書・中間報告書)令和8年3月又は5月時点の給与体系
高い方の点数(注5)に該当するか令和6年3月時点の給与体系

3月と5月のどちらになるかは、6月からの評価料収入を4月からの賃金改善に充当しているかどうかで決まります。この判断は第7章で扱います。

同じ制度の中に2つの物差しがあるため、片方の数字をもう片方に流用すると、計算が合いません。

理由は、それぞれが測っているものが違うからです。実績報告は「令和8年度の評価料収入を、その年度の賃金改善にきちんと充てたか」を見ています。一方、注5は「令和6年度から通算して、どれだけ賃金水準を引き上げてきたか」を見ています。単年度の話と、通算の話です。

すでに算定している医院は、基準線が引き上がっている

実績報告側の基準時点には、算定中の医院にとって重要な括弧書きが付いています。施設基準の原文はこうです。

「令和8年3月又は5月時点の給与体系(令和8年5月までにベースアップ評価料等を届け出ていた保険医療機関にあっては、令和8年度診療報酬改定前のベースアップ評価料等による賃金改善後であって令和8年度診療報酬改定によるベースアップ評価料等による賃金改善前の体系に限る。)を、当該年度に勤務している職員の賃金に当てはめた場合の基本給等総額」と、「当該評価料を算定した年度に勤務している職員の基本給等総額」との差分により判断すること。

読み解くと、こういうことです。令和8年5月までに評価料を届け出ていた医院の基準線は、令和6年度・令和7年度に評価料で行った賃金改善を織り込んだ後の水準です。ただし、令和8年度改定による賃金改善は、まだ織り込む前の水準になります。

つまり、これまで積み上げてきた賃上げは、すでに基準線に含まれています。令和8年度の実績として報告できるのは、そこからさらに上乗せした分だけです。「去年までに十分上げたから今年は据え置き」という運用では、令和8年度の実績がゼロになります。

新規に届け出た医院と、算定を続けてきた医院とで、同じ「令和8年3月時点」という言葉の中身が違う。ここが実績報告でつまずきやすい箇所です。

補助金による部分は、どちらにも入れない

もう一点、除外されるものがあります。

施設基準では、基本給等総額および賃金改善の実績のいずれについても、「令和7年度医療機関等における賃上げ・物価上昇に対する支援事業」によって交付される補助金による部分は含めないこととされています。

この補助金を受けて賃上げを行った医院では、その分を切り分けて管理しておく必要があります。評価料による改善と補助金による改善が同じ給与項目に混ざっていると、切り分けができません。配分先を分けておくことの意味は、ここでも効いてきます。

5. 基本給に乗せると、何が起きるか

一度上げた基本給は、下げられない

基本給に評価料を組み込む場合、最初に押さえておくべきなのは、その判断が事実上、片道であることです。

賃金は労働条件です。労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者の合意によって変更するのが原則とされています(労働契約法第8条)。そして就業規則の変更によって労働者の不利益に労働条件を変更することは、原則として認められていません(同法第9条)。例外として、変更後の就業規則を周知し、かつ変更が合理的であると認められる場合には効力が生じますが(同法第10条)、その合理性は、労働者の受ける不利益の程度、変更の必要性、変更後の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況といった事情に照らして判断されます。

基本給の引下げは、労働者が受ける不利益として最も重く評価される部類です。評価料が縮小した、あるいは廃止されたという事情があっても、それだけで引下げが当然に認められるわけではありません。

なお、施設基準にも引下げを想定した手続きはあります。事業の継続を図るため、対象職員の賃金水準を引き下げたうえで賃金改善を行う場合には、収支状況や引下げの内容を記載した「特別事情届出書」を届け出ることとされています。ただしこれは、厚生局に対する届出の話であって、労働契約上の引下げが可能になるわけではありません。この2つは別の手続きです。

実績報告で、切り分けが必要になる

もう一つが、報告実務です。ここは令和8年度から方式が変わっているので、注意が要ります。

令和7年度の実績報告書では、基本給等の引上げ額をいったん全額入力し、そのうち定期昇給に相当する額を別欄に入力して差し引く方式でした。定期昇給は評価料による賃金改善には算入できないためです。

令和8年度の中間報告書には、この定期昇給の欄がありません。代わりに、比較する側の金額で調整します。

厚生労働省の手引きによれば、「令和8年3月(または5月)時点の給与体系に当てはめた場合」の給与とは、賃上げ後と同じ年齢・職位の人が、その時点で在籍していた場合の給与を指します。

手引きが挙げている例が、そのまま実務の姿です。

令和8年3月(または5月)に、係員のAさん(30歳)の給与が25万円。令和8年6月に、主任のAさん(31歳)の給与が27万円。

このとき比較するのは、3月のAさんの25万円ではない。3月に「31歳の主任」が在籍していたと仮定した場合の給与である。それが26万円であれば、26万円と27万円を比べる。

昇進や年功による上昇は、比較の基準側を揃えることで除かれる仕組みです。考え方としては、前年度の方式より精緻です。

問題は、この計算に賃金テーブルが要ることです。「3月に31歳の主任がいたらいくらか」に答えられなければ、金額を出せません。

年齢や職位ごとの賃金を明文化した賃金表を整備している事業所は、中小規模ではそう多くありません。クリニックに限った話ではなく、従業員数十人までの事業所全般に言えることです。多くの医院では、採用時の交渉と過去の経緯の積み重ねで各人の給与が決まっており、「31歳の主任なら26万円」と即答できる根拠がありません。この場合、比較の基準額は、他の職員の給与や過去の昇給の経緯から組み立てることになります。根拠を説明できる形で組み立てられるかどうかが、実務上の分かれ目です。

ただし、この作業が必要になるのは、昇給と評価料が同じ賃金項目に入っている場合です。

基本給に評価料を乗せると、そこには定期昇給も昇進による昇給も入っています。どれがどれだけ寄与したのかを、後から分解しなければなりません。

手当として分けていれば、そもそも分解する対象がありません。その手当の額を、賃上げ前後で比べるだけです。年齢や職位で額が変わる設計にしていなければ、仮定を置く必要もありません。

この点は、昇給の時期をどう組むかとも関係します。第7章で、具体的な流れを整理します。

賞与と退職金への波及

基本給に乗せた場合、賞与や退職金の算定基礎が基本給に連動していれば、その水準も一緒に上がります。

これは職員にとっては利点です。一方で医院の側から見ると、評価料の収入で説明できるのは毎月の賃金改善とそれに伴う増加分までであり、基本給の上昇によって将来にわたって生じる退職金債務の増加までは、評価料が手当てしてくれるわけではありません。

ここは判断が分かれるところです。職員の処遇を厚くする方向に振るのであれば、基本給に乗せる意味はあります。この記事が手当を勧めているのは、処遇を抑えるためではなく、評価料という原資が制度に紐づいていて、医院の裁量では続けられない性質のものだからです。医院の判断で続けると決めた部分は、定期昇給として基本給に乗せる。その使い分けを、次の章以降で見ていきます。

6. 手当に寄せても、変わらないもの

手当を選ぶ理由を並べてきましたが、手当にしても変わらないものがあります。ここを誤解したまま設計すると、後で人件費の計算が合わなくなります。

残業代の単価は、同じように上がる

「基本給ではなく手当にすれば、残業代の計算に影響しない」という理解は、誤りです。

割増賃金の算定基礎から除外できる賃金は、法律で限定されています。家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、1か月を超える期間ごとに支払われる賃金。この7つだけです(労働基準法第37条第5項、労働基準法施行規則第21条)。

ベースアップ手当は、この7つのいずれにも当たりません。名称が何であれ、毎月一律に支払われる以上、割増賃金の算定基礎に算入します。基本給に組み込んだ場合と、この点で差はありません。

固定残業代を採用している医院では、さらに注意が要ります。単価が上がると、同じ金額で賄える時間数が減ります。手当を増額したのに固定残業代の額を据え置くと、表示している時間数と実態がずれます。この論点は、固定残業代の見直しについて扱った記事で詳しく整理しています。

社会保険料も、同じように増える

社会保険料も変わりません。標準報酬月額は、基本給と手当を合わせた報酬で決まるためです。

そして手当の新設や増額は、固定的賃金の変更に当たります。変動後3か月の平均報酬月額が従前の標準報酬月額と2等級以上変われば、随時改定(月額変更届)の対象になります。年度の途中でも保険料が変わり、その半分は医院の負担です。

この判定は、定期昇給と手当の改定が近接した月に行われると複雑になります。変動後3か月をどこから数えるか、定期昇給と手当の増額を合算して判定するのかどうかで、結論が変わるためです。

制度も、増加分を織り込んでいる

もっとも、この2つは制度側も想定しています。

施設基準は、評価料の収入の使途を「ベア等及びそれに伴う賞与、時間外手当、法定福利費(事業者負担分等を含む。)等の増加分」と定めています。時間外手当と法定福利費の増加分は、最初から充当先に含まれているということです。

実務上も、法定福利費の増加分については概算が認められており、ベア実績額の最大16.5%で計算してよいとされています(疑義解釈その3、令和8年4月20日事務連絡)。

したがって、手当にしても基本給にしても、賃金以外の人件費は同じように増えます。増える前提で、評価料の収入を配分することになります。

手当を選ぶ理由は、人件費の波及を抑えることではありません。後から動かせる余地を残すことと、実績報告で切り分けが要らないことです。この2点に尽きます。

7. 定期昇給と分ける設計の実際

年間の流れ

ここまでの整理を、実際の1年の動きに落とすと、こうなります。

時期動かすもの原資
4月定期昇給(基本給)医院の判断
6月ベースアップ手当の改定評価料
8月実績報告書・中間報告書の提出
定期昇給と評価料による手当改定を分けた場合の1年の流れ。4月に定期昇給で基本給を上げ、6月に評価料で手当を改定し、8月に報告書を提出する|キャプション:基本給は4月の定期昇給、手当は6月の評価料改定に合わせる。中間報告書のチェックは不要になる

基本給は4月に、医院の判断で動かします。評価料の増減とは切り離します。

手当は6月に、評価料の収入に合わせて動かします。評価料の点数改定は6月からなので、時期が揃います。

中間報告書のチェック欄に、注意点があります

令和8年7月30日に、中間報告書の様式へ項目が追加されました。6月から算定した評価料による収入を、その年度の4月からの賃金改善に充当した場合は、チェックを入れるというものです。

このチェックの有無で、賃金改善の実績額を算出する際に比較する「賃上げ前の月」が変わります。

チェック比較する時点
入れない令和8年5月時点の給与体系
入れる令和8年3月時点の給与体系

4月に定期昇給を実施している医院にとって、この差は小さくありません。

チェックを入れない場合。基準は5月時点です。4月の定期昇給は、すでにその基準に織り込まれています。したがって、差分として現れるのは6月から増額した手当の分だけです。

チェックを入れた場合。基準は3月時点にさかのぼります。4月の定期昇給が測定の対象期間に入るため、第5章で見た「同じ年齢・職位の人が3月に在籍していた場合の給与」を算出する作業が必要になります。

4月に定期昇給を行い、6月から評価料で手当を改定している医院であれば、このチェックは不要です。6月からの賃金改善として報告すれば足ります。

なお、この項目は令和8年7月30日に追加されたものです。それ以前にダウンロードした様式には存在しないため、最新の様式を使う必要があります。

手当の設計で決めておくこと

手当を賃金項目として置く以上、賃金規程に定めが要ります。最低限、次の点を決めておきます。

名称。「ベースアップ手当」「処遇改善手当」など。何を原資とする手当かが分かる名称にしておくと、職員への説明でも実績報告でも扱いやすくなります。

支給対象。令和8年度改定で、評価料の対象職員は「当該医療機関に勤務する職員(40歳以上の医師・歯科医師と、業務委託により勤務する者を除く)」に広がりました。40歳未満の勤務医・勤務歯科医が対象に加わっています。令和7年度までは対象外だった職種なので、勤務医がいる医院では規程の支給対象を見直す必要があります。なお、開設者・管理者や法人の代表者・役員は含まれないとされています。

また、第3章で見た賃上げ率(令和9年度の8分7厘など)の判定では、医師・歯科医師は計算から除かれます。配分の対象と、率の判定の対象が違う点に注意してください。

金額の決め方。一律の定額とするか、職種や勤務時間に応じて配分するか。年齢や職位に連動させると、実績報告での比較に仮定が必要になります。分ける利点が薄れるため、避けた方が扱いやすくなります。

改定の時期。毎年6月に見直す、と定めておけば、評価料の点数改定と揃います。

支給の条件。評価料の算定を前提とする手当であることを明記します。ただし、書いておけば当然に減額できるわけではありません。この点は第5章で見たとおりです。

職員への説明は、施設基準そのものです

賃金規程を変更したら、周知が必要です。これは労働基準法上の義務であると同時に、評価料の施設基準そのものでもあります。

施設基準は、賃金改善を実施する方法等について対象職員に周知し、就業規則等の内容についても周知することを求めています。さらに、職員から賃金改善に関する照会を受けた場合には、その職員についての賃金改善の内容を、書面を用いて説明するなどして分かりやすく回答することとされています。

「基本給ではなく手当で支給する」という選択は、職員から見れば説明を求めたくなる形です。なぜ手当なのかを説明できる状態にしておくことが、施設基準を満たすための要件になっています。

分けている理由は、この記事で見てきたとおりです。評価料は制度に紐づく原資であり、医院の裁量で続けられるものではない。だから評価料の分は手当とし、医院の判断で続ける分は定期昇給として基本給に乗せる。この説明は、職員に対しても成り立ちます。

8. すでに基本給に入れている場合、今からできること

過去の分は、変更できません。

令和6年度・令和7年度に、評価料を基本給の引上げで配ってきた医院も多いはずです。制度上それは正しい方法であり、施設基準も基本給と手当を並べて認めています。選択として誤りではありません。

ただし、いま基本給に含まれている分を手当に付け替えることは、実質的にできません。基本給を減らして同額を手当で支給する形にすると、基本給という賃金項目の水準が下がります。労働契約法上の不利益変更の問題が生じるうえ、施設基準にも次の定めがあります。

当該評価料によって賃金の改善を実施する項目以外の賃金項目(業績等に応じて変動するものを除く。)の水準を低下させてはならない。

総額が同じでも、基本給を下げること自体が問題になります。過去に配った分は、基本給として残す前提で考えることになります。

これから増える分から、分けられます

一方で、今後の増額分については、別の項目で支給することができます。

施設基準は、収入を「基本給又は決まって毎月支払われる手当」の引上げに用いることを求めているだけで、毎年同じ項目に乗せ続けることは要求していません。既存の基本給を維持したまま、新たに手当を設けることは、水準の低下にも当たりません。

実際、今後は原資が増える見込みです。令和8年度改定で点数が引き上げられ、令和9年6月以降はさらに所定点数の100分の200になります。この増加分から手当に切り替えれば、以降の実績報告では、その手当の額を拾うだけで済みます。

基本給に含まれている過去の分は、比較の基準側に織り込まれています。新たに動かさない限り、報告のたびに計算し直す対象にはなりません。

切り替えるときに確認すること

1. 実績報告での連続性

賃金改善の実績は、基本給と手当を合わせた「基本給等」で判定されます。項目を分けても、合計で見る点は変わりません。切り替えたことによって実績が途切れるわけではありません。

2. 賃金規程の変更

新しい手当を設ける以上、賃金規程に定めを置きます。常時10人未満の医院には就業規則の作成・届出義務がありませんが、評価料を算定する以上、就業規則等の内容を周知することが施設基準で求められています。規程に準じた書面を用意し、職員に周知する必要があります。

3. 職員への説明と、労働条件の明示

給与明細の項目が増えるため、職員から質問が出ます。基本給が下がるわけではなく、今後増える分を別項目にする、という説明になります。施設基準は、照会を受けた場合に書面を用いて説明することを求めています。あわせて、労働条件を明示し直す必要があるかどうかも確認しておくと、後の行き違いを防げます。

4. 時期

評価料の点数改定は6月です。手当を新設するなら6月に合わせるのが、報告と揃って扱いやすくなります。

切り替えない判断もあります

もっとも、必ず切り替えるべきだとは考えていません。

定期昇給を行っていない医院であれば、基本給に乗せていても、比較の基準額を組み立てる作業は生じにくくなります。職員数が少なく、実績報告の負担が実際には重くない医院もあります。

判断の分かれ目は、評価料が縮小したときにどうするかを、どこまで見込んでおくかです。当面その心配がないと判断するなら、いまの形を続ける選択も成り立ちます。

制度は令和9年度に向けて拡充される方向にあり、縮小の兆しは現時点でありません。それでも分けておく意味があるのは、制度が縮小したときに動かせる余地が残るからです。その余地に、どれだけの価値を置くかという判断になります。

よくある質問

評価料は、必ず基本給で配らなければいけませんか

いいえ。施設基準は「基本給又は決まって毎月支払われる手当」の引上げに用いることとしており、手当で配ることも認められています。制度上、どちらかが原則ということはありません。

ベースアップ手当は、残業代の計算に入れなくてもよいですか

入れる必要があります。割増賃金の算定基礎から除外できるのは、家族手当・通勤手当・別居手当・子女教育手当・住宅手当・臨時に支払われた賃金・1か月を超える期間ごとに支払われる賃金の7つに限られます(労働基準法第37条第5項、同法施行規則第21条)。ベースアップ手当はいずれにも当たりません。手当にしても、基本給に組み込んだ場合と同じように残業代の単価が上がります。

評価料がなくなったら、手当を廃止できますか

当然に廃止できるわけではありません。賃金の引下げは労働条件の不利益変更にあたり、労働契約法上、原則として労働者との合意が必要です。就業規則の変更による場合も、周知と変更の合理性が求められます(同法第8条〜第10条)。

賃金規程に「評価料が廃止された場合は減額または廃止することがある」と定めておくことはできますが、書いてあれば必ず下げられるという性質のものではありません。基本給に組み込んだ場合よりは動かせる余地が残る、という程度に考えておくのが実際的です。

評価料で手当を出す年は、定期昇給をしなくてもよいですか

定期昇給の実施そのものを義務づける規定は、施設基準にはありません。据え置き自体が施設基準違反になるわけではありません。

ただし、施設基準は評価料による賃金改善を実施する項目以外の賃金項目の水準を低下させてはならないと定めています。据え置きは低下ではありませんが、評価料で手当が増えた年に定期昇給を止めれば、職員から見た手取りの増え方は例年と変わりません。施設基準は職員からの照会に書面で回答することも求めているため、その説明を医院が負うことになります。

40歳未満の勤務医は、対象職員に含まれますか

含まれます。令和8年度改定で、外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)の対象職員は「当該保険医療機関に勤務する職員(40歳以上の医師及び歯科医師並びに業務委託により勤務する者を除く)」と定められました。40歳未満の医師・歯科医師は、令和8年度から対象に加わっています。令和7年度までは対象外の職種でした。

在宅療養支援診療所などで非常勤の医師を使っている場合も、要件を満たせば対象になります。なお、事業主・役員は含まれないとされています。

注意点がひとつあります。高い方の点数を算定するための賃上げ率の判定(令和9年度の8分7厘など)では、医師・歯科医師は計算から除かれます。配分の対象と、率の判定の対象が違います。

令和8年度の点数が上がった分は、そのまま追加で配れますか

いいえ。継続的に賃上げを行ってきた医院が算定する高い方の点数には、令和7年度以前からの賃上げ分と令和8年度の賃上げ分が合算されています。

実績報告でも、実際に算定した点数ではなく、令和8年度分にあたる「本体点数」で収入実績額を計算します。外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)であれば、初診時は23点ではなく17点、再診時等は6点ではなく4点です。

差額は、これまでに実施した賃上げを維持し続けるための原資です。新たな賃金改善に充てられる分ではありません。

賃金規程を変更したら、労働基準監督署に届け出が必要ですか

常時10人未満の労働者を使用する事業場には、就業規則の作成・届出義務がありません(労働基準法第89条)。したがって届出は不要です。

ただし、評価料を算定する以上、就業規則等の内容を周知することが施設基準で求められています。規程に準じた書面を作成し、職員が確認できる状態にしておく必要があります。届出義務がないことと、周知が不要であることは別です。

就業規則がない医院でも、手当を新設できますか

できます。ただし、支給の条件を明文化しておかないと、後で見直す余地がなくなります。

賃金規程がない場合でも、労働条件通知書や個別の合意書で手当の内容を示すことは可能です。評価料を原資とする手当であることと、改定の時期を、書面で残しておいてください。周知の要件を満たすうえでも必要になります。

まとめ

ベースアップ評価料をすでに算定している医院にとって、次の賃上げをどこに乗せるかは、その年だけの判断ではありません。

令和8年度改定で、継続的に賃上げを行っているかどうかが算定できる点数に結びつきました。高い方の点数には過去の賃上げ分が含まれており、一度上げた賃金を下げない前提で制度が組まれています。乗せた場所は、翌年以降も残ります。

制度は、基本給と手当を対等な選択肢として並べています。決めているのは配分の対象とする項目を特定することであり、どちらを選ぶかではありません。

そのうえで、評価料は手当、昇給は基本給という分け方には、次の利点があります。

  • 評価料が縮小したときに、基本給よりは動かせる余地が残る
  • 実績報告で、昇給分と評価料分を切り分ける作業が生じにくい
  • 高い点数の要件は「基本給等」の合計で判定されるため、手当に寄せても不利にならない

一方で、手当にしても残業代の単価と社会保険料は同じように増えます。人件費の波及を抑える方法ではありません。

すでに基本給に組み込んでいる場合も、過去の分はそのままに、今後の増額分から分けることができます。必ず切り替えるべきものではなく、定期昇給を行っていない医院であれば、いまの形を続ける判断も成り立ちます。

ここに書いた内容は、令和8年8月時点の施設基準と厚生労働省の手引きに基づいています。ベースアップ評価料は疑義解釈が継続的に発出されており、取扱いが変わりやすい領域です。令和9年度に向けても点数の見直しが予定されています。実際に判断する際は、厚生労働省のベースアップ評価料に関する特設ページと、管轄の地方厚生局の案内で最新の内容を確認してください。

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この記事を書いた人

川西 隆之のアバター 川西 隆之 社会保険労務士

兵庫県川西市の川西隆之社労士事務所
クラウドツールを活用した労務のデジタル化を得意としています
(ジョブカン認定アドバイザー)

税理士事務所勤務平成22年3月~平成31年1月
社労士業補助平成22年3月~平成28年8月
社労士登録平成28年9月~
1984年3月9日生まれ。
兵庫(但馬)産まれ兵庫(但馬)育ち。川西市在住。
一人の妻と3人の子どもたち。

2005年社労士試験合格
2016年開業登録(岐阜県)
→2020年より兵庫県川西市にて開業

以下の事項に力を入れています。
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