針刺し事故の労災手続き|クリニックが自院で処置したとき、様式第5号と第7号のどちらを使うか

職員が患者に使った針で指を刺した。報告を受けた院長が決めることは、治療方針だけではありません。その処置を、労災の手続きとしてどう処理するかです。

自院には診察室があり、医師がいます。だから自院で処置を済ませる。自然な流れです。しかしそのとき、どの用紙を使い、窓口で費用を受け取るかどうかで、職員が労災の給付を受けられるかが変わります。「うちでやったのだから費用は要らない」という処理が、職員の請求を成り立たなくさせることもあります。

本記事では、医業・社会福祉に特化した社会保険労務士が、医科・歯科クリニックで針刺し事故が起きたときの手続きを整理します。自院が労災指定かどうかで何が変わるか、どの様式を使うか、窓口でどう扱うか、事前に何を決めておくか。この4点です。

なお、曝露後の検査や予防投与の要否といった医学的な判断は本記事では扱いません。主治医や受け入れ先の医療機関にご確認ください。

※本記事の内容は2026年9月時点の法令に基づいています。

目次

針刺しは労災になる。問題は、その後の手続き

結論から述べます。医療機関の職員が業務中に針刺し事故を起こした場合、それは労災の対象になります。

針刺し事故は、制度上、二段構えで扱われます。まず、針が刺さったこと自体が業務上の負傷です。厚生労働省の通達は、汚染された血液等を含む注射針等により手指等を受傷したとき、また既存の負傷部位や眼球等に血液等が付着したときを、業務上の負傷として取り扱うとしています(平成5年10月29日基発第619号)。

その後に肝炎などを発症した場合は、業務上疾病として別に判断されます。医療・介護の業務による伝染性疾患は、労災の対象となる病気を列挙した職業病リスト(労働基準法施行規則別表第1の2第6号1)に書き込まれています。

受傷した部位に洗浄、消毒等の処置が行われた場合、それは業務上の負傷に対する治療であり、当然に療養の範囲に含まれると通達は述べています。

ここまでは、迷う余地がありません。そして、業務上かどうかを最終的に判断するのは労働基準監督署です。院長が判断するのはその手前、手続きをどう進めるかだけです。そしてこの手続きが、クリニックでは特有の形になります。自院で起きた事故を、自院で処置することになるからです。

なお、感染症の労災全般については、医療・介護の職員が感染症にかかったら労災?施設側の判断・休業中の給与・手続きで整理しています。新型コロナやインフルエンザの扱い、休業中の給与、給付が出ない最初の3日間、事業主証明の意味などは、そちらをご覧ください。

自院が労災指定かどうかで、手続きが変わる

針刺し事故の処置は、その場で行うものです。自院に医師がいて、診察室があるのに、わざわざ外の医療機関へ送る理由はありません。つまり、ほとんどの場合は自院で処置することになります。

そこで分かれ道になるのが、自院が労災保険指定医療機関かどうかです。

労災保険の療養の給付は、政府に代わって医療機関が現物給付として行う仕組みです。そして、これを代行できるのは労災病院と指定医療機関に限られています(労働者災害補償保険法施行規則第11条第1項)。この一点で、以降の手続きがすべて変わります。

自院が指定の場合|様式第5号

職員から「療養補償給付及び複数事業労働者療養給付たる療養の給付請求書(様式第5号)」を受け取ります。提出先は自院です。労働基準監督署へ送るものではありません。

診療に要した費用は、自院から労働局へ請求します。職員の窓口負担は生じません。

事業主の証明欄には院長が事業主として記名し、診療の内容は医師として証明します。同一人物が両方を行うことになりますが、証明している内容が別です。事業主として証明するのは在籍と災害の発生状況、医師として証明するのは診療の内容です。

自院が指定でない場合|様式第7号

療養の給付を代行できないため、職員にいったん費用の全額を支払ってもらうことになります。自院の窓口で、自院の職員から受け取るという形です。

職員は、その領収書を添えて「療養補償給付及び複数事業労働者療養給付たる療養の費用請求書(様式第7号)」を所轄の労働基準監督署へ提出し、支給を受けます。最終的な自己負担は生じませんが、いったんは職員が立て替えます。

様式第7号には診療の内容を証明する欄があり、ここは自院の医師が記載します。

外部の医療機関へ送った場合

自院で初期の処置をしたうえで、その後の対応を外部の医療機関に依頼することがあります。

自院が指定で、すでに様式第5号を提出している場合は、転医先の指定医療機関へ「療養補償給付及び複数事業労働者療養給付たる療養の給付を受ける指定病院等(変更)届(様式第6号)」を提出します。これにより、転医先でも窓口負担なく治療を受けられます。変更前の医療機関に対する手続きは必要ありません。

様式第6号は、指定医療機関から別の指定医療機関へ変更する場合の様式です。自院が指定でない状態から転医する場合の取扱いは、転医先の医療機関または所轄の労働基準監督署にご確認ください。自院で発生した費用は、別途、様式第7号で請求します。

なお、転医先も指定を受けていない場合は、様式第7号での請求になります。

針刺し事故が起きたとき、自院が労災保険指定医療機関かどうかで提出する様式と職員の窓口負担が変わることを示す判定フロー|キャプション:自院が労災指定かどうかで、最初の様式も、転医したときの様式も変わります

表で整理する

自院が労災指定自院が指定でない
最初に使う様式様式第5号様式第7号
提出先自院所轄の労働基準監督署
職員の窓口負担なしいったん全額を支払う
費用の請求自院が労働局へ請求職員が立て替え、後日支給を受ける
外部へ転医したとき転医先へ様式第6号転医先または労働基準監督署に確認

通勤災害の場合は様式の番号が異なりますが、針刺し事故は業務災害にあたります。

「うちでやったからタダでいい」が、職員の請求権を消す

自院が指定でない場合、職員に全額を払ってもらうことになります。自院の窓口で、自院の職員から受け取る。気まずい場面です。

そこで、費用を請求しないという処理が起こります。使ったのは自院の薬剤と自院の人手で、外部に支払いが発生したわけでもない。だから取らない。院長の側からすれば、むしろ好意です。

しかしこの処理は、職員から労災の給付を取り上げます。

支払いがなければ、請求するものがない

様式第7号で請求するのは、職員が実際に負担した費用です。領収書を添えて提出します。

窓口で費用を受け取らなければ、職員に支出はありません。領収書も出ません。請求できる費用が存在しないため、労災保険から支給されるものもなくなります。

その場では誰も困りません。職員は払っていないので、損をした感覚がない。院長も善意で処理したつもりでいる。表面化するのは後です。

その後に検査が続き、通院が重なる。感染が確認されれば治療が始まります。そのとき、最初の受診が労災として処理されていないと、一連の療養のどこから労災なのかが曖昧になります。労災の請求は、一件の事故について一連の療養として組み立てるものだからです。

費用を取らないという判断は、好意であっても、職員が受けられたはずの補償を減らします。気まずくても、その場で受け取ってください。職員には最終的に戻ってきます。

自院が指定の場合は、逆向きの注意が要る

自院が指定であれば、窓口の問題は起きません。様式第5号を受け取り、職員の負担はゼロで処置ができます。

ただし、ここには別の注意点があります。不支給になったときです。

労働局の実務資料は、指定医療機関と職員の関係を次のように整理しています。両者の間には診療契約が成立するが、様式第5号が提出された時点で「政府の療養の給付を前提として、職員に対する診療報酬請求権が消滅する」という条件付きの契約に変わる。そして療養の不支給が決定された場合には、条件が整わなかったのだから、当初の診療契約が継続しているとみなされ、職員が費用負担の義務を負う。

つまり不支給決定が出れば、自院は自院の職員に対して、遡って費用を請求する立場になります。

業務外の傷病として扱い直すため、健康保険への切り替えが必要です。職員の健康保険証で改めてレセプトを出し直し、原則3割の自己負担分を、自院の職員から徴収するという処理になります。

「あのとき無料だと言われたのに」という話になりかねません。様式第5号を受け取るときに、不支給になる可能性があることを職員に一言伝えておいてください。後から説明するより、はるかに楽です。

健康保険で処理するという選択肢はない

手続きが面倒だから健康保険で、という処理は取れません。

健康保険は、業務災害以外の疾病・負傷等を給付の対象とする制度です(健康保険法第1条)。さらに、療養の給付等は労災保険法の規定により相当する給付を受けることができる場合には行わないと定められています(同法第55条第1項)。業務上の傷病は労災保険の領域であり、二者択一で選べるものではありません。

誤って健康保険証で受診した場合は、後から労災への切り替えが必要になります。健康保険で受診してしまった場合の切り替えの実務もあわせてご確認ください。

事故が起きる前に決めておくこと

ここまでの手続きは、いずれも事故が起きた当日に判断するものです。その日に調べ始めると、判断が遅れます。決めておけるものは、先に決めておくほうが確実です。

自院が指定かどうかを確認しておく

手続きはここで分かれます。当日になって調べても間に合いますが、処置をしながら確認することになります。

指定の有無は、厚生労働省の労災保険指定医療機関検索で確認できます。名称や所在地から検索でき、指定を受けていれば指定番号が表示されます。

非指定なら、窓口の扱いを先に決めておく

自院が指定でない場合、その場で全額を受け取ることになります。ここを曖昧にすると職員の請求が成り立ちません。

当日にその場で判断すると、気まずさのほうが勝ちます。「労災の場合は一度窓口で全額を預かり、後で職員に戻る」という扱いだと先に決めておけば、当日は事務的に処理できます。職員の側も、説明を受けていれば納得しやすくなります。

あわせて、様式第5号または第7号をどこから入手するかも確認しておくと、当日の手間が減ります。いずれも厚生労働省の労災保険給付関係請求書等ダウンロードから入手できます。

記録する項目を決めておく

後になって感染が確認された場合、その感染が業務によるものかどうかが問題になります。判断の材料になるのは、事故の時点で残された記録です。

数か月前の出来事を記憶で説明することになると、説明の精度が落ちます。次の項目を記録する様式を作り、あらかじめ各部署に置いておくことをおすすめします。

  • 発生した日時と場所
  • そのとき行っていた作業
  • 何で受傷したか(針の種類、使用の段階)
  • 受傷の程度(部位、深さ、出血の有無)
  • 曝露源となった患者を特定できる情報
  • その患者の感染症に関する検査結果
  • 誰に、いつ報告したか

新しく作るものではなく、既存の事故報告書式に項目を足す形で足ります。重要なのは、必要になった時点でその記録が残っているかどうかです。

就業規則との関係

報告の義務と報告のルートは、就業規則または安全衛生に関する規程に書いておく性質のものです。書かれていないと、職員が「自分の不注意だから」と報告をためらったときに、それを止める根拠がありません。

報告が遅れれば、曝露源の患者の検査も遅れます。報告を出しやすくしておくことが、結果として手続きを成立させます。10人未満の事業所であっても規程を整えておく意味は、クリニックに就業規則は必要か?10人未満でも整備すべき理由で整理しています。

よくある質問

職員が「自分の不注意だから」と言って、報告をためらっています。労災にできますか。

できます。労災保険は、労働者に過失があったかどうかで給付の可否を判断する制度ではありません。業務との間に相当因果関係があるかどうかで判断されます。リキャップの際に刺した、急いでいて手元が狂ったといった事情があっても、業務中の出来事であることに変わりはありません。

報告をためらわせる要因は、院内の空気であることが多いところです。報告が遅れると、曝露源となった患者の検査も遅れます。報告した職員が責められない状態をつくっておくほうが、結果として手続きが成立します。

院長本人が針を刺した場合はどうなりますか。

労災保険は使えません。労災保険は労働者を対象とする制度であり、個人事業主である院長も、医療法人の理事長も労働者ではないためです。中小事業主等の特別加入をしている場合は別ですが、加入していなければ対象外です。

健康保険の扱いは、法人か個人かで変わります。

個人開業の院長は、そもそも健康保険の被保険者ではありません。医師国保などに加入している場合は、その保険の取扱いによります。

医療法人の理事長は健康保険の被保険者ですが、法人の役員としての業務に起因する傷病については、健康保険から保険給付は行われません(健康保険法第53条の2)。ただし例外があり、被保険者の数が5人未満の適用事業所に使用される法人の役員で、一般の従業員が従事する業務と同一の業務を遂行している場合は、健康保険の給付対象になります。院長自身が日常的に診療や採血に従事している小規模な医療法人では、この例外に該当する可能性があります。

判断が難しい部分ですので、該当しそうな場合は、加入している健康保険の保険者にご確認ください。

職員は休んでいませんが、労働者死傷病報告は必要ですか。

休業が生じていなければ、提出義務はありません。

労働者死傷病報告の提出義務は、労働者が労働災害等により死亡または休業した場合に発生します(労働安全衛生規則第97条第1項)。同条第2項の四半期ごとの報告は、休業の日数が4日に満たないとき、つまり休業が1日から3日の場合を対象としています。休業がまったくない場合は、いずれの対象にもなりません。

針刺し事故は、多くの場合その日のうちに勤務に戻ります。この場合、報告書の提出は不要です。

ただし、報告義務がないことと、労災の請求ができないことは別です。休業がなくても、治療にかかった費用は療養に関する給付として請求できます。手続きの要否を、報告義務の有無と混同しないでください。

なお、その後に感染が確認されて休業に至った場合は、その時点で報告義務が生じます。労災保険を使うかどうかにかかわらず提出義務がある点も、あわせて押さえておいてください。

まとめ

針刺し事故が起きたとき、院長が判断することを整理します。

処置は自院で行うことになります。緊急性があり、外部へ送る現実的な理由がないためです。そこで手続きが分かれるのは、自院が労災保険指定医療機関かどうかという一点です。指定であれば職員から様式第5号を受け取り、窓口負担なく処置ができます。指定でなければ、職員にいったん全額を支払ってもらい、様式第7号で請求してもらうことになります。

このとき、費用を受け取らないという処理をしないでください。支出も領収書もなければ、職員は請求できるものを失います。気まずくても、その場で受け取るのが職員のためになります。

自院が指定の場合は、不支給になったときに遡って費用を請求する立場になることを、先に職員へ伝えておいてください。

そして、決めておけることは事故の前に決めておくことです。自院の指定の有無、窓口の扱い、記録する項目。いずれもその日のうちに着手できます。

労災保険の様式や運用は改定されることがあります。手続きを行う際は、厚生労働省や労働局の最新の情報でご確認ください。個別の事案で判断に迷う場合は、所轄の労働基準監督署や顧問の社会保険労務士にご相談ください。

本記事は2026年9月時点の情報に基づいています。

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この記事を書いた人

川西 隆之のアバター 川西 隆之 社会保険労務士

兵庫県川西市の川西隆之社労士事務所
クラウドツールを活用した労務のデジタル化を得意としています
(ジョブカン認定アドバイザー)

税理士事務所勤務平成22年3月~平成31年1月
社労士業補助平成22年3月~平成28年8月
社労士登録平成28年9月~
1984年3月9日生まれ。
兵庫(但馬)産まれ兵庫(但馬)育ち。川西市在住。
一人の妻と3人の子どもたち。

2005年社労士試験合格
2016年開業登録(岐阜県)
→2020年より兵庫県川西市にて開業

以下の事項に力を入れています。
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