ミスが多い職員を解雇できるか|医療・介護で、その前に残しておくべき記録

「ミスが多い職員を、解雇できるのか」

個人クリニックや介護事業所から、この相談を受けることがあります。多くの場合、今すぐ辞めさせたいという話ではありません。同じ間違いが続いていて、他の職員にも影響が出はじめている。いずれ判断しなければならない場面が来るかもしれないので、そのときに手続きの面で困らないよう、今のうちに確認しておきたい。そうした段階でのご相談です。

先に結論をお伝えします。ミスが多いという事実だけを理由にした解雇は、まず認められません。

ただし、この記事でお伝えしたいのは「だからあきらめてください」ということではありません。トラブルになった際に見られているのは、職員が何回ミスをしたかではなく、事業所がその間に何をしたかだからです。

そして医療機関・介護事業所には、もう一つ固有の事情があります。ミスの記録は、インシデントレポートや事故報告書という形で、すでに院内・施設内に存在していることが多い。しかしそれらは、解雇の証拠として集められたものではありません。ここを取り違えると、職員一人の問題では済まない結果を招きます。

この記事では、解雇が認められるかどうかの枠組みを整理したうえで、その手前で事業所が何を整えておくべきかを、医療・介護の実情に沿って説明します。

目次

ミスが多いことだけを理由とした解雇は、まず認められない

解雇の有効性は、労働契約法第16条によって判断されます。解雇に客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当と認められない場合は、解雇権の濫用として無効になる、という定めです(労働契約法|e-Gov法令検索)。

この条文は二段構えになっています。まず、解雇するだけの合理的な理由があるか。次に、その理由があったとしても、解雇という最も重い手段を選ぶことが相当と言えるか。ミスの多さが問題になるのは、たいてい後者です。

業務に支障が出るほどのミスが繰り返されていれば、理由そのものはあると評価される余地があります。しかし、注意も指導もしないまま、あるいは一度口頭で注意しただけで解雇に踏み切った場合、「他に取り得る手段があったのではないか」という点で相当性を欠くと判断されます。裁判所が確認しているのは、ミスの件数ではなく、そこに至るまでの事業所の対応です。

解雇予告手当を払えば解雇できる、ではない

実務でよく見かける誤解があります。「30日前に予告するか、30日分の解雇予告手当を払えば解雇できる」というものです。

労働基準法第20条は、確かにそう定めています(労働基準法|e-Gov法令検索)。しかしこれは手続きの定めであって、解雇そのものが有効かどうかを決める規定ではありません。予告手当を支払っても、解雇の理由が労働契約法第16条の要件を満たしていなければ、その解雇は無効です。

つまり、予告手当を払って解雇した後で、職員側から「不当解雇である」として争われる余地は残ります。手続きを踏んだことと、解雇が認められることは、別の話です。

相談ではなく、実際に第三者が入る段階まで進むのが解雇

このテーマが「備えておくべき領域」である理由は、統計にも表れています。

厚生労働省が令和8年7月に公表した令和7年度の個別労働紛争解決制度の施行状況によると、総合労働相談は119万8,010件で、18年連続で100万件を超えています。民事上の個別労働紛争の相談では「いじめ・嫌がらせ」が55,614件で最も多くなっています。ところが、紛争調整委員会のあっせんの申請にまで進んだものに限ると、最も多いのは「解雇」で892件、前年度から12.6%増えています(厚生労働省報道発表)。

相談の段階ではハラスメントが最も多いにもかかわらず、第三者を入れて解決を図る段階まで進むのは解雇である、ということです。当事者どうしで収まりにくい類型だと言い換えることもできます。

だからこそ、判断が必要になってから調べるのでは間に合いません。次章では、解雇が認められた例と認められなかった例が、どこで分かれているのかを見ていきます。

認められた事例と認められなかった事例は、どこで分かれたか

考え方を具体的につかむために、能力不足や勤務成績の不良を理由とする解雇について、裁判所の判断が分かれた事例を2つ紹介します。いずれも医療・介護の事案ではありませんが、判断の枠組みは共通しています。

「他の職員より劣っている」は、理由にならなかった事例

一つ目は、就業規則の「労働能率が劣り、向上の見込みがない」という解雇事由を根拠に解雇が行われ、その効力が争われた事案です(セガ・エンタープライゼス事件、東京地裁平成11年10月15日決定)。

会社側は、この職員の人事考課が全従業員の下位10%未満であったことを示しました。しかし裁判所は、その人事考課が相対評価であって絶対評価ではない点を指摘しています。順位が下位であることから、直ちに労働能率が著しく劣り、向上の見込みがないとまでは言えない、という判断です。解雇事由に該当するには、平均的な水準に達していないというだけでは足りないとされ、解雇は無効と判断されました。

ここが実務上の分岐点になります。「他の職員と比べてこの人だけミスが多い」という認識は、事業所の中では確かなものに感じられます。しかしそれは、その職場の中での相対的な位置にすぎません。比較の中で下位であることと、解雇できるほど能力を欠いていることは、別の評価です。

段階を踏んだ記録が残っていた事例

二つ目は、逆に解雇が認められた事案です(前原鎔断事件、大阪地裁令和2年3月3日判決)。

この事案では、業務上のミスやトラブルが長年にわたって続いていました。そのうえで会社は、繰り返し注意と指導を行い、始末書や顛末書を提出させ、出勤停止を含む懲戒処分も行っています。それでも改善が見られなかったという経過をたどり、裁判所は解雇を有効と判断しました。

注目したいのは、会社が特別なことをしたわけではない点です。注意する。指導する。それでも直らないので、より重い対応をとる。この当たり前の順序を踏み、その一つひとつが書面として残っていた、というだけです。

分かれ目は、ミスの数ではない

2つの事例を並べると、判断を分けているものが見えてきます。ミスの重大さでも件数でもありません。事業所が段階を踏んだかどうか、そしてその経過が後から確認できる形で残っているかどうかです。

裏を返せば、記録がなければ、実際にどれだけ丁寧に指導していたとしても、その事実は判断の材料になりません。院長や施設長が何度も時間を割いて話をしていたとしても、それを示すものがなければ、外から見れば何もしなかった事業所と区別がつかないためです。

ここまでは、業種を問わず共通する話です。しかし医療機関・介護事業所には、この「記録を残す」という一点について、他の業種にはない事情があります。次章で扱います。

ミスの発生から解雇の検討までの流れと、記録が生まれる地点|キャプション:判断を分けるのはミスの件数ではなく、事業所が段階を踏んだ経過が残っているか

医療・介護では、その「記録」が単純ではない

前章の結論は「記録が要る」でした。ここで、医療機関・介護事業所の院長や管理者の多くが思い当たることがあるはずです。ミスの記録なら、すでにある、と。

インシデントレポート、ヒヤリハット報告、介護事故報告書。院内・施設内には、誰がいつ何を間違えたかの記録が、すでに相当量たまっています。これを解雇の裏づけに使えばよいのではないか。そう考えるのは自然なことです。

しかし、この判断は避けるべきだと考えています。理由は法的なものというより、事業所の運営そのものに関わります。

報告制度は、何のために置かれているか

まず、これらの報告制度がなぜ存在しているかを確認します。

医療機関では、医療法施行規則第1条の11により、医療の安全を確保するための体制整備が管理者に義務づけられています。具体的には、安全管理のための指針を整備すること、職員研修を実施すること、そして院内における事故報告等を、医療に係る安全の確保を目的とした改善に生かす方策を講じることです(医療法施行規則|e-Gov法令検索)。安全管理委員会の設置は病院と有床診療所に限られますが、それ以外の項目は無床の診療所・歯科診療所にも適用されます

介護事業所では、運営基準に「事故発生の防止及び発生時の対応」の定めがあります。事故が発生した場合、あるいは事故に至る危険性がある事態が生じた場合に、その事実が報告され、分析を通じた改善策が従業者に周知徹底される体制を整備することが求められています。施設系サービスでは、これらを実施するための担当者を置くことも義務です。

条文の書きぶりに注目してください。医療も介護も、報告制度の目的は「防止」と「改善」と定められています。誰の責任かを確定するための仕組みとして置かれているのではありません。

このことは、指針のひな型そのものに書き込まれています。

日本医師会は、各医療機関が医療安全管理指針を作成する際の参考として「医療安全管理指針のモデル」を公表しています(平成19年3月改訂版)。病院用・有床診療所用・無床診療所用の3種類があり、いずれにも次の2点が置かれています。

  • 報告は、医療安全を確保するためのシステムの改善や教育・研修の資料とすることのみを目的とするものであること
  • 院長その他の管理的地位にある者は、報告を行った職員に対し、それを理由として不利益な取扱いをしてはならないこと

さらにモデルでは、自発的な報告がなされるよう報告者名を省略して報告できる運用も想定されており、参考として示された報告書式にも報告者氏名を省略可とする記載があります(日本医師会 医療安全管理指針のモデル)。

報告者が誰かを特定しないでも成り立つ制度である、ということです。個人の責任を問うための仕組みであれば、匿名で成立するはずがありません。

解雇の証拠に転用すると、何が起きるか

報告制度を人事上の判断材料に使い始めると、確実に起きることがあります。報告が上がらなくなります。

自分が書いた報告書が将来の解雇の材料になると職員が理解すれば、書かない、あるいは差し障りのない範囲でしか書かない、という行動をとるのは当然です。そして報告が上がらなくなって困るのは、報告しなかった職員ではなく事業所です。

医療安全と介護事故防止の考え方は、小さな異常を数多く拾い上げ、その分析から重大な事故を未然に防ぐという構造でできています。報告が減れば、重大な事故の手前で止める機会が減ります。職員一人を辞めさせるために、事業所全体の安全体制を細らせることになります。

では、法的にはどうなのか。インシデントレポートを懲戒や解雇の根拠に使うことの適否を正面から判断した裁判例や行政の見解は、確認できませんでした。ただし、その手前で確認すべきことがあります。

自院・自施設の医療安全管理指針に、何と書いてあるかです。

医療機関には、医療法施行規則によって安全管理のための指針を整備することが義務づけられています。そして先ほど見たとおり、その指針のひな型には、報告を理由とする不利益な取扱いの禁止が定められています。多くの医療機関は、このモデルを参考に自院の指針を作っているはずです。

つまり、インシデントレポートを解雇の材料に使うという行為は、法律の解釈を持ち出すまでもなく、自院が自ら定めた指針に反する可能性が高い、ということになります。指針を職員に周知していれば、なおさらです。介護事業所には共通のひな型がありませんが、運営基準に基づいて各事業所が整備している事故発生防止のための指針が、同じ位置にあります。自施設の指針に何と書いてあるかを確認するという筋道は、医療も介護も共通です。

このほか、医療安全という目的を定めて職員から取得した情報を別の目的に用いることについて、個人情報保護法の利用目的の特定・目的外利用の制限(個人情報保護法|e-Gov法令検索)の観点から問題があると主張される可能性もあります。ただしこの点について確立した判断はないため、本記事では可能性の指摘にとどめます。

そして実務的には、法的な議論の前に、報告が上がらなくなるという結果のほうが先に、確実に訪れます。

すべてが非懲罰というわけではない

念のため補足します。報告制度が非懲罰を前提とすることと、どんな行為も不問にすることは別です。

医療安全の分野では、通常のヒューマンエラーや仕組みに起因するミスと、故意の危険行為・重大な過失・事実の隠蔽や改ざんとを区別して扱う考え方が知られています。利用者や患者への虐待、意図的な手順の無視、事故の隠蔽といった行為は、報告制度の保護が前提としている範囲の外にあります。これらは、その行為自体を対象として、就業規則の定めに従って別途対応すべきものです。

記録は、二つに分けて管理する

ここまでの整理から導かれる結論はひとつです。

インシデントレポートと事故報告書は、医療安全・事故防止の記録として閉じる。人事上の指導は、それとは別に起票する。

同じ出来事から2つの文書が生まれることはあります。しかし目的が違う以上、書式も、保管場所も、閲覧できる人も分けておくべきです。そして後者、つまり人事上の指導記録こそが、前章で見た「事業所が段階を踏んだ経過」を示すものになります。

では、その指導記録には何を、どう残せばよいのか。次章で扱います。

医療安全の報告と人事上の指導記録を分けて管理する2つの流れ|キャプション:同じ出来事から生まれる2種類の記録。目的が異なるため、書式・保管・閲覧範囲を分ける

では、何をどう残すのか

記録の話に入る前に、順番を確認しておきます。

記録は、解雇のために作るものではありません。指導を行い、その結果として記録が残る。この順序が逆になると、二つの問題が起きます。

一つは、記録の内容が偏ることです。「解雇の材料を集めよう」という前提で書き始めると、できていないことばかりが並び、指導した事実や本人の言い分が抜け落ちます。後から見返したときに、事業所が改善を促した経過ではなく、粗探しの記録に見えてしまいます。

もう一つは、職員に伝わることです。急に記録を取り始めれば、本人も周囲も理由を察します。前章で見たとおり、その空気は報告制度にも波及します。

実務の感覚として、顧問先からこうした話が出るとき、記録が残っていることはほとんどありません。院長や施設長が何度も時間を割いて注意していても、それが形になっていないのです。だからこそ、必要なのは大がかりな仕組みではなく、今日から始められて、続く形です。

最低限、これだけを残す

指導の記録として残すべき項目は、次の6つです。

項目記載の例
日時・場所2026年○月○日 18:00〜18:20 / 事務室
出席者院長、○○(本人)、看護主任(同席)
対象となった事実○月○日の午後診で、○○の手順を確認せずに実施した
伝えた内容実施前に○○を確認すること。判断に迷う場合は主任に確認すること
本人の応答忙しく確認を省いたと説明。今後は必ず確認すると回答
次の確認時期○月○日に再度面談し、状況を確認する

このうち、実務でよく抜けるのが「対象となった事実」の具体性「本人の応答」です。

前者は、「ミスが多い」「注意力が足りない」といった評価ではなく、いつ・どの業務で・何が起きたかという事実で書きます。評価を書いても、後から見た人には何が起きたのか分かりません。

後者は、抜けると記録の性格が変わります。本人の言い分が残っていれば、それは一方的な指摘ではなく、双方向のやり取りの記録になります。本人が反発した、あるいは事実関係を争ったという内容であっても、そのまま残しておくほうが記録としての価値は上がります。

様式は凝らない

小規模な事業所であれば、A4用紙1枚、6行のメモで十分です。専用のシステムも、立派な様式も必要ありません。整った書式を用意するほど、書くのが億劫になり、続かなくなります。

そのうえで、次の3点を運用として決めておきます。

1つめ。面談の場で、本人と内容を確認する。書いたものをその場で見せる、あるいは面談後にメールで送る。これだけで「言った言わない」の争いはかなり減ります。署名を求めるかどうかは、事業所の関係性によります。求めると身構えさせてしまう場面もあるため、まずは共有だけでも構いません。

2つめ。保管場所を、医療安全・事故防止の記録と分ける。前章の結論を運用に落とす部分です。同じファイルに綴じない。同じ担当者が管理しない。ここを分けておけば、後から意図せず混ざる事故を防げます。

3つめ。書くのは、指導した人が書く。院長が指導したなら院長が書きます。伝聞で第三者がまとめると、事実の精度が落ちます。

「この空欄を埋められるか」が、今の状態を映す

自院・自施設の現状を測る、簡単な方法があります。

解雇の予告を受けた職員から請求があった場合、使用者は解雇の理由を記した証明書を遅滞なく交付しなければなりません(労働基準法第22条第2項)。労働局が示している解雇理由証明書の様式には、勤務態度または勤務成績が不良であることを理由とする欄があり、そこには「具体的には、あなたが〜したこと」という空欄が続いています(解雇理由証明書の様式例)。

つまり、「能力不足」「勤務成績不良」とだけ書いて済ませることは想定されていません。何がどうだったのかを、事業所の側が具体的に書く必要があります。

今、この空欄を埋められるでしょうか。

埋められないとすれば、それは職員に問題がないという意味ではなく、事業所の手元に判断の材料がないという意味です。逆に、前掲の6項目が残っていれば、この欄は自然に埋まります。そして埋まるということは、第2章で見た「段階を踏んだ経過」が存在するということでもあります。

なお、この様式には、就業規則の作成が義務づけられている事業場では、就業規則に定めた解雇事由のうち該当するものを記載するように、との注記が添えられています。記録が揃っていても、就業規則にその事由の定めがなければ、書く先がないということです。この点は第5章で扱います。

就業規則に、解雇事由の定めがあるか

記録を積み上げても、もう一つ確認しておくべきものがあります。就業規則です。

懲戒処分には、定めと周知の両方が必要

まず、懲戒処分については明確です。最高裁は、使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種類と事由を定めておく必要があると判示しています(フジ興産事件、最高裁第二小法廷 平成15年10月10日判決)。

この判決にはもう一つ重要な点があります。就業規則が拘束力を持つには、その内容を職員に周知する手続きがとられていることが必要とされたことです。この事案では、就業規則を労働基準監督署に届け出た事実は認められたものの、職員への周知がされていたかどうかが確認されていなかったため、最高裁は原判決を破棄して審理をやり直させました。

つまり、作って届け出ただけでは足りません。院長室の引き出しに入ったままの就業規則は、いざというときに使えない可能性があります。職員が見たいときに見られる状態にしておく必要があります。

普通解雇の場合は、「弱い」という言い方が正確

では、就業規則に解雇事由の定めがない場合、普通解雇はできないのか。

ここは断定を避けます。就業規則の解雇事由を限定的に解すべきか、例示にすぎないと解すべきかについては、考え方が分かれているためです。定めがなければ一切できない、と言い切ることはできません。

ただし実務上の見通しははっきりしています。定めがない状態で解雇し、労働審判などで争われれば、事業所側は相当に不利です。何を根拠に、どの基準に照らして解雇したのかを示せないためです。指導の記録が揃っていても、その記録が「どの基準に照らして問題だったのか」を示す規程がなければ、主張の組み立てそのものが弱くなります。

第4章で触れた解雇理由証明書の様式にも、就業規則の作成が義務づけられている事業場では、就業規則に記載された解雇事由のうち該当するものを記載するようにとの注記が添えられています。定めがなければ、そもそも書く先がありません。

10人未満でも、整えておく意味がある

労働基準法第89条は、常時10人以上の労働者を使用する事業場に就業規則の作成と届出を義務づけ、その記載事項として退職に関する事項(解雇の事由を含む)を挙げています(労働基準法|e-Gov法令検索)。

裏を返せば、職員が10人未満のクリニックや小規模事業所には、作成の義務はありません。しかし、義務がないことと、争いになったときに困らないことは別です。義務の有無で決まるのは監督署への届出であって、労働審判での立証の話ではありません。

職員数が10人に満たない事業所ほど、一人ひとりの問題が経営に直結します。整えておく意味は、規模が小さいほど大きいと考えています。就業規則を整備する意義については、クリニックに就業規則は必要か?10人未満でも整備すべき理由で詳しく扱っています。

よくある質問

何回指導すれば、解雇できますか

回数では決まりません。第2章で見たとおり、判断されているのは指導の回数ではなく、事業所が段階を踏んだかどうかと、それが確認できる形で残っているかどうかです。

3回注意したから解雇できる、といった基準はありません。逆に、1回の指導であっても、具体的な改善目標を示し、期限を定め、その後の状況を確認したという経過が残っていれば、意味のある記録になります。回数を数えるより、1回の中身を整えるほうが実質的です。

指導したら「パワハラだ」と言われました。指導をやめるべきでしょうか

業務上必要かつ相当な範囲の指導であれば、続けて構いません。

法律上のパワーハラスメントは、優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されるもの、という3つの要素をすべて満たすものを指します。業務上必要な指導そのものは、これに当たりません。

ただし、人前で長時間叱責する、人格を否定する言い方をするといった方法は、必要な範囲を超えたと評価されうるものです。この場面でも、記録が事業所を守ります。いつ、どこで、何を伝えたかが残っていれば、指導の中身と方法を後から示せます。記録は解雇のためだけのものではありません。

試用期間中なら、簡単に辞めさせられますか

試用期間中でも、労働契約はすでに成立しています。本採用を拒否することは解雇にあたり、自由にできるものではありません。

採用時に判断できなかった事情が後に判明した場合など、通常の解雇よりも広い範囲で認められる余地があるとされてはいます。しかし「合わないから」という理由だけで拒否できるわけではなく、この場合も客観的な理由と相当性が求められます。試用期間の運用は論点が多いため、別の記事で改めて扱います。

退職勧奨なら、解雇より簡単ですか

退職勧奨は、事業所からの申し入れであり、応じるかどうかは本人が決めます。応じてもらえなければ、それ以上進みません。

また、繰り返し呼び出す、長時間にわたって説得する、応じなければ不利益があると告げるといった進め方をすれば、退職の強要として別の問題になります。応じてもらえるだけの状況、つまり本人にも自覚がある状態を作るには、結局のところ指導と面談の積み重ねが必要です。近道ではありません。

指導記録に、本人の署名は必要ですか

法令上の義務はありません。署名がなくても、記録としての意味は失われません。

ただし、内容を本人と共有しておくことは重要です。面談の場で見せる、あるいは後からメールで送るだけでも、認識のずれを防げます。署名を求めると身構えさせてしまう場面もあるため、まずは共有から始めるので構いません。

まとめ

ミスが多いという事実だけを理由にした解雇は、まず認められません。しかし、それは事業所が何もできないという意味ではありませんでした。

裁判で見られているのは、ミスの回数ではなく、事業所が段階を踏んだかどうかです。そして医療機関・介護事業所では、ミスの記録がすでにインシデントレポートや事故報告書として存在しているために、かえって取り扱いが難しくなります。これらは組織として再発を防ぐために非懲罰を前提に集めているものであり、人事上の材料に転用すれば、報告が上がらなくなって事業所自身が困ることになります。

必要なのは、証拠を集めることではなく、指導を行い、その結果として記録が残る状態を平時に作っておくことです。日時と場所、出席者、対象となった事実、伝えた内容、本人の応答、次の確認時期。A4用紙1枚で足ります。そして、その記録を支える就業規則があるかどうかを確認しておくことです。

なお、労働関係の法令や運用は変わります。個別の事案では、判断の前に就業規則や勤務の実態を確認する必要があります。判断に迷う場面や、すでに本人との間で話がこじれている場面では、都道府県労働局の総合労働相談コーナーや、顧問の社会保険労務士、弁護士といった専門家に相談してください。

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この記事を書いた人

川西 隆之のアバター 川西 隆之 社会保険労務士

兵庫県川西市の川西隆之社労士事務所
クラウドツールを活用した労務のデジタル化を得意としています
(ジョブカン認定アドバイザー)

税理士事務所勤務平成22年3月~平成31年1月
社労士業補助平成22年3月~平成28年8月
社労士登録平成28年9月~
1984年3月9日生まれ。
兵庫(但馬)産まれ兵庫(但馬)育ち。川西市在住。
一人の妻と3人の子どもたち。

2005年社労士試験合格
2016年開業登録(岐阜県)
→2020年より兵庫県川西市にて開業

以下の事項に力を入れています。
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→給与計算に必要な時間の圧倒的な削減

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→疑問点があれば、その都度の相談可能

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