有給の前借りは賃金の回収ができない。介護事業所で入社時に付与する規定を作るべきか、就業規則の設計まで

入社して2か月の介護職員から、「子どもが熱を出したので明日休みたい」と言われる。年次有給休暇はまだ付与されていません。欠勤にすると給与が減り、本人は納得しないかもしれない。かといって、有給として処理する根拠もない。

この場面で、有給として処理し、6か月後に付与される日数から差し引く「前借り」という扱いをしている事業所があります。就業規則には書かれていない、現場の判断による運用です。

しかしこの処理には、回収の見込みがありません。差し引く前に退職されれば、支払った賃金は戻ってこないためです。給与から天引きすることも、原則としてできません。

この記事では、入社直後の休みをどう扱うかを、3つの選択肢に整理して解説します。結論から言えば、最も安全なのは「何もしない」ことです。そのうえで、制度で対応したい場合の設計を、就業規則の書き方まで示します。

目次

入社から6か月間、有給がないのは制度の不備ではない

年次有給休暇は、雇入れの日から6か月間継続して勤務し、その期間の全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、10労働日を与えるものと定められています(労働基準法39条1項)。

つまり、入社から6か月を経過するまでは、年次有給休暇を付与する義務がありません。「まだ有給がない」という状態は、制度の欠陥でも、事業所の準備不足でもなく、法律どおりの正常な状態です。

この期間に職員が休んだ場合は、欠勤として処理して差し支えありません。就業規則の定めに従って給与を控除することも、違法ではありません。ここを曖昧にしたまま「かわいそうだから何とかしたい」と考えることが、後の前借りにつながります。

正社員・非常勤・パート、すべて最初の付与時期は同じです

週の所定労働時間が30時間未満で、かつ週の所定労働日数が4日以下の職員には、勤務日数に応じて日数を減じた年次有給休暇が付与されます。これを比例付与といいます。

ここで誤解が起きやすいのですが、比例付与は「日数」の話であって、「時期」の話ではありません。週2日勤務の登録ヘルパーであっても、最初の付与は雇入れの日から6か月を経過した時点です。常勤より早く付与されることも、遅く付与されることもありません。

介護事業所は非常勤の比率が高く、勤務日数もまちまちです。「この人は週2日だから、有給はもっと先」といった運用になっていないか、確認しておく価値があります。週の所定労働日数をどう数えるかについては、介護の夜勤専従パート、社会保険と雇用保険は月何回から入るのかでも整理しています。

入社直後に休みが続くと、最初の付与そのものがなくなることがあります

もう一点、見落とされやすい論点があります。出勤率の要件です。

6か月経過時点で全労働日の8割以上を出勤していなければ、年次有給休暇を付与する義務は生じません。付与日数は0日です。入社直後に家庭の事情で休みが重なった職員は、この要件を満たさない可能性があります。

ただし、ここで勤続年数がリセットされるわけではありません。付与のなかった期間の後、次の1年で8割以上出勤していれば、勤続年数に応じた日数を付与することになります。1年6か月の時点であれば11日です。0日の年があっても、10日からやり直しにはなりません。

なお、出勤率の計算では、実際に出勤していなくても出勤したものとして扱う期間があります。年次有給休暇を取得した日、産前産後の休業期間、育児休業・介護休業をした期間、業務上の負傷や疾病による療養のための休業期間で、いずれも法令または行政通達によるものです。産休・育休を欠勤として計算すると、本来付与すべき有給を付与しないことになります。女性職員の比率が高い介護事業所では、ここも合わせて点検しておくべき箇所です。

出勤率の要件があるということは、前借りを認めて欠勤を有給に置き換えている事業所ほど、この計算が実態と合わなくなるということでもあります。次に、その前借りの中身を分解します。

有給の「前借り」。実は前借りではない?

ここでいう前借りとは、まだ発生していない年次有給休暇を先に使わせ、後日付与される日数から差し引く扱いを指します。入社2か月の職員を1日休ませて有給として賃金を払い、6か月後に付与する10日を9日にする、という処理です。

まず押さえておきたいのは、前借りという制度は法律のどこにも存在しないということです。前借りを禁止する規定もなければ、認める規定もありません。事業所が独自に行っている運用です。

前借りを就業規則に規定している事業所は、ほとんど見当たりません。書こうとすると「後日付与する年次有給休暇から控除する」という条文になり、労働基準法39条に反することが規定の上で明らかになってしまうためです。書けないから書かれていない、という状態です。逆に言えば、規定に書けない扱いを現場で続けているということでもあります。

「法律を上回る付与は差支えない」は、前借りの根拠になりません

前借りを許容する根拠として、法定を上回る年次有給休暇を与えることは差支えないという行政の考え方が引かれることがあります。

しかしこれが認めているのは、労働者に有利な方向で年休を上乗せしたり、早く与えたりすることです。後から差し引くことを前提に先に使わせる扱いを認めたものではありません。前者は付与であり、後者は貸付けです。似て見えますが、法的な性質がまったく違います。

法定の日数から差し引くことはできません

前借りが破綻するのは、6か月経過時点です。

労働基準法39条1項および2項は、労働条件の最低基準を定めた規定です。6か月経過時点で要件を満たした職員には、10労働日を付与する義務が生じます。前に1日使わせたことを理由に、この日数を9日にすることはできません。最低基準を下回るためです。

つまり、前借りを認めた事業所は、次の2つを両方負担することになります。

  1. 前借りさせた日の賃金(実際には働いていない日の賃金)
  2. 6か月経過時点で付与する、法定どおりの日数

「1日貸して、あとで1日回収する」つもりが、実際には「1日分の賃金を渡し、日数も減らせない」という結果になります。貸したつもりのものが、最初から渡し切りだったということです。

法定を上回る日数を独自に付与している場合は別です

例外があります。事業所が法定の日数を上回る年次有給休暇を独自に付与している場合、その上回っている部分については労働基準法の制約を受けません。労使の取り決めで扱いを決められる範囲です。

たとえば6か月経過時点で法定の10日に加えて2日を独自に付与している事業所であれば、この2日分については前借りを認め、後から差し引く設計が成り立ちます。ただし、これは「法定外の休暇を先に使わせている」のであって、法定の年次有給休暇を前借りしているわけではありません。この考え方は、後述する法定外特別休暇につながります。

なお、実務家の間では「分割付与の要件を満たす形で運用すれば、前倒し付与として整理できる」という見方もあります。ただしそれは前借りではなく前倒し付与そのもので、別の制度です。要件と副作用は後述します。

ここまでは、コストの話です。差し引けなくても、その分を事業所が負担すると割り切れば済みます。問題は、職員が付与日を迎える前に辞めた場合です。

付与される前に退職されると、給与から引けない

当事務所でも、次のような事例に接したことがあります。入社から数か月の職員に前借りを認めていた事業所で、その職員が最初の付与日を迎える前に退職することになりました。差し引く先の有給が発生しないまま、雇用関係が終わったわけです。

事業所は、最後の給与から前借り分を控除しようとしました。しかし、これはできません。

賃金は全額を支払わなければなりません

賃金は、その全額を労働者に支払わなければならないと定められています(労働基準法24条1項)。これを賃金全額払いの原則といいます。使用者が一方的に賃金を差し引くことを禁じ、労働者に賃金を確実に受け取らせるための規定です。

前借りを「後から欠勤に振り替える」という発想は、この原則の正面からぶつかります。すでに有給として支払った賃金を、退職時になって「あれは欠勤だった」と扱い、最後の給与から天引きする。事業所の側から見れば精算のつもりでも、法的には一方的な賃金の控除です。

「本人が同意すれば引ける」は、思っているほど簡単ではありません

ここで多くの経営者が考えるのが、本人から同意書をもらう方法です。

判例上、労働者が自由な意思に基づいて相殺に同意した場合には、その同意が自由な意思に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときに限り、全額払いの原則に違反しないとされています(日新製鋼事件・最高裁平成2年11月26日第二小法廷判決)。

つまり、同意さえあればよいのではありません。その同意が本当に自由な意思によるものだったかを、客観的な事情から証明できなければならないということです。そして判例は、この認定を厳格かつ慎重に行うべきものとしています。

退職を申し出た職員に対し、事業所側が最後の給与の計算にあたって同意書への署名を求める。この状況で「自由な意思だった」と客観的に示すのは、容易ではありません。署名があっても後から争われれば、賃金の未払いと判断される可能性が残ります。

控除のための労使協定も、精算の受け皿にはなりません

賃金控除に関する労使協定を結んでいれば控除できるのではないか、という考え方もあります。

たしかに労使協定があれば賃金の一部を控除することは可能ですが、控除できる項目は、購買代金や社宅・寮の費用、社内預金、組合費など、支払うべき理由が明らかなものに限る趣旨であるとされています(厚生労働省「スタートアップ労働条件」)。事後に欠勤へ振り替えた前借り分が、この範囲に含まれると言い切ることは難しいところです。控除協定を根拠に処理するのは、避けたほうが安全です。

「計算間違いの精算」とも性質が違います

賃金の過払いを翌月以降の給与から差し引く調整的相殺については、過払いが生じた時期と精算する時期が合理的に接着していること、あらかじめ予告されること、金額が多額でないことなどの条件を満たせば、全額払いの原則に反しないとした判例があります(福島県教組事件・最高裁昭和44年12月18日第一小法廷判決)。

ただしこの判例が想定しているのは、賃金計算の誤りなど、避けがたく生じてしまった過払いです。前借りは、事業所が承知のうえで先に払ったものであり、間違いではありません。しかも精算は数か月後になります。同じ枠組みで処理できると考えないほうがよいでしょう。

なお、前借りを労働基準法17条の前借金相殺の禁止に当たると説明するものも見かけますが、同条は借金によって労働者を職場に縛りつけることを防ぐ規定です。身分的拘束を伴わないことが明らかな貸付けは、同条には当たらないと解されています。ただし、17条に当たらないからといって、賃金から差し引けるわけではありません。その場合も24条の全額払いの原則は働きます。

貸付金にすれば回収できるのか

前借り分を貸付金として処理し、退職時に返還を求めること自体は、当事者間の取り決めとして可能です。ただしそれは賃金から引くのではなく、別途返してもらうという話です。

相手が応じなければ、請求を続けるほかありません。数千円から数万円のために、退職した職員へ返還を求め続ける手間を考えると、現実的な選択肢とは言いにくいはずです。そして応じないからといって給与から差し引けば、結局は全額払いの原則の問題に戻ります。

選べるのは「回収するか」ではなく「いくら織り込むか」

ここまでを整理すると、前借りには回収の手段が実質的に残されていません。差し引く先の有給が発生していれば日数から引けず、発生する前に辞められれば賃金からも引けない。最初から回収できない設計だったということです。

そうすると、事業所が選べるのは「回収するかどうか」ではありません。この負担を、いくらまで、どういう条件で織り込むかだけです。次に、その選択肢を3つに整理します。

選択肢は3つ。まず「何もしない」を検討する

前借りをやめたうえで、入社直後の休みにどう向き合うか。取りうる選択肢は3つです。

入社直後の休暇制度で3つの選択肢を選び分ける判定フロー|キャプション:制度で対応する必要があるかを起点に、3つの選択肢を選び分ける手順

案A 何もしない(欠勤として処理する)

入社から6か月間、年次有給休暇がないのは法律どおりの状態です。この期間に休んだ職員には欠勤として給与を控除する。それ以上のことはしない、という選択です。

追加の費用は発生せず、基準日も変わらず、就業規則を変更する必要もありません。前借りをやめるだけで、事業所の負担はむしろ現在より軽くなります。まず検討すべきはこの案です。

制度を作らないこと自体は、後ろめたいことではありません。求人の場面で「入社後6か月間は年次有給休暇がありません」と説明できていれば、それで足ります。

案B 法定の年次有給休暇を前倒しで付与する

入社日、あるいは試用期間の満了時などに、本来6か月後に付与する年次有給休暇の一部または全部または一部を前倒しで付与する方法です。労働条件を法定より有利にするものなので、適法です。

ただし、一度導入すると翌年以降の基準日も繰り上げ続けることになり、年5日の取得義務の管理も複雑になります。副作用は後で詳しく扱います。

案C 法定外の特別休暇を設ける

年次有給休暇とは別枠の休暇を、事業所独自の制度として設ける方法です。日数、取得できる条件、繰越の可否などを自由に設計でき、年次有給休暇の基準日には影響しません。

設計にあたっては、全職員を対象とし、勤務日数に応じた日数とすることを前提にしてください。正職員だけに付けるといった、雇用形態のみを理由とする区別は、別の法律上の問題を招きます。

3案の比較

案A 何もしない案B 前倒し付与案C 法定外の特別休暇
追加の費用なし発生する発生する
年次有給休暇の基準日動かない恒久的に繰り上がる動かない
年5日の取得義務影響なし履行期間が重なることがある対象外
日数・条件の設計法定のルールに従う自由に設計できる
短期離職時の負担なし付与済みの日数分規定の設計による
就業規則の変更不要必要必要

選ぶ順序

上から順に確認してください。

1つ目。制度で対応する必要が本当にあるか。前借りを続けてきた事業所では、「有給がない期間に休ませる仕組みが必要だ」と感じているかもしれません。しかし前借りは仕組みではなく、行き当たりの処理です。やめた結果として何が困るのかを、具体的に言えるかどうかを確認します。言えないのであれば案Aで足ります。

2つ目。年次有給休暇の基準日と年5日の取得義務を、何で管理しているか。案Bは基準日が恒久的にずれ、年5日の取得義務の管理も複雑になります。クラウドの勤怠管理を導入していれば対応できますが、表計算ソフトや紙で管理している事業所では、遅かれ早かれ破綻します。管理の実態が追いつかないなら、基準日が動かない案Cのほうが安全です。

3つ目。非常勤の比率がどの程度か。案B・案Cのいずれも、対象は全職員になります。非常勤や登録ヘルパーの比率が高い事業所では、想定より対象人数が多くなります。勤務日数に応じた日数にするなど、負担の見積りを先に済ませておく必要があります。

法定の有給を前倒しで付与する場合に起きること

案Bを選ぶ場合に、何が起きるかを整理します。適法な制度ですが、導入すると元には戻しにくい性質があります。

前倒し付与には2つのやり方があります

ひとつは、入社日に10日をまとめて付与する方法です。もうひとつは、入社日に数日、残りを6か月経過時に付与する分割付与です。後者は初年度の負担を抑えられますが、後述するとおり管理は複雑になります。

翌年以降も、繰り上げ続けることになります

最も見落とされやすいのがこの点です。

初年度の付与日を前倒しした場合、翌年以降の付与日についても、初年度と同じかそれ以上の期間、法定の基準日より繰り上げる必要があります。

4月1日に入社した職員に、入社日に10日を付与したとします。法定の基準日は10月1日ですから、6か月の繰上げです。すると翌年も、法定の1年6か月経過日(翌年10月1日)ではなく、翌年4月1日に11日を付与することになります。その次の年も同様です。

入社日に前倒し付与した場合の基準日の推移と法定の基準日との差|キャプション:一度前倒しすると、翌年以降も同じ幅で繰り上げ続けることになる

「入社直後の1回だけ融通する」という制度にはなりません。半年分の年次有給休暇を、その職員が在籍する限り前倒しし続けるということです。

中途採用が中心の介護事業所では、基準日が職員ごとにばらばらになります。4月入社、7月入社、11月入社の職員が、それぞれ別の基準日を持ち、それが毎年繰り返されます。

年5日の取得義務も、前倒しで始まります

年次有給休暇が10日以上付与される職員には、付与した日から1年以内に5日を取得させる義務があります(厚生労働省「働き方改革特設サイト」)。

入社日に10日を付与すれば、入社日から1年以内に5日取得させる義務が発生します。入社したばかりの職員に、シフトを組みながら5日を消化させることになります。制度としては当然の帰結ですが、現場の運用としては軽くありません。

分割付与の場合はさらに複雑です。付与日数の合計が10日に達した日が起点になるため、入社日に5日、6か月後に5日という設計なら、6か月経過日が起点です。

分割付与では、義務の期間が重なることがあります

分割付与を行い、かつ翌年以降の付与日を繰り上げると、年5日の取得義務の期間が重複することがあります。

4月1日入社の職員に、入社日に5日、10月1日に5日を付与したとします。合計10日に達した10月1日が起点となり、翌年9月30日までに5日です。一方、翌年以降は入社日に合わせて繰り上げるため、翌年4月1日に11日を付与することになります。すると、この日からも1年の期間が始まります。

この場合は、重複する期間を通した期間で管理することが認められています。10月1日から翌々年3月31日までの18か月をひとつの期間とし、18を12で割って5を掛けた7.5日を、その期間中に取得させる形です(労働基準法施行規則24条の5第2項)。

計算としては明快ですが、これを職員ごとに、入社月がばらばらな状態で管理することになります。表計算ソフトでの管理では、遅かれ早かれ追いつかなくなります。複数の事業所を運営している場合はなおさらで、この点はクラウド勤怠管理で介護の複数施設は何が変わるかで扱っています。

前倒し付与は、前借りの問題を解決しません

最後に、これが案Bを選ぶうえで最も重要な点です。

前借りの問題は、付与前に退職されると回収できないことでした。前倒し付与は、この問題を解決しません。むしろ規模を大きくします。

入社日に10日を付与すれば、その日から10日は職員の権利です。1か月で退職することになっても、退職日までの間に消化を申し出られれば、応じることになります。年次有給休暇の時季を変更する権利は使用者にもありますが、退職日を超えて振り替える先がない以上、実際には行使できません。

前借りで失うのが1日分の賃金だったところ、前倒し付与では最大で10日分になりうるということです。早期の離職が頻繁に起きる事業所ばかりではありませんが、起きたときの負担は前借りより大きくなります。

案Bを選ぶ合理性があるのは、定着が安定していて、基準日と年5日の管理をシステムで回せている事業所に限られます。そうでなければ、次の案Cを検討してください。

法定外の特別休暇として設ける場合の設計

案Cは、年次有給休暇とは別枠の休暇を、事業所独自の制度として作る方法です。

労働基準法は労働条件の最低基準を定めたものですから、これを上回る休暇を設けることに制限はありません。呼び方も自由で、「入社時特別休暇」「初年度休暇」など、事業所が決めて構いません。

年次有給休暇のルールは、ほとんど適用されません

案Cの利点は、労働基準法39条の制約から外れることです。

項目年次有給休暇法定外の特別休暇
付与の時期雇入れから6か月経過後就業規則で自由に定められる
付与の要件出勤率8割以上自由に定められる
繰越・時効2年繰越なしとすることもできる
年5日の取得義務対象(10日以上付与の場合)対象外
時季変更権事業の正常な運営を妨げる場合に限る就業規則の定めによる
未消化分の扱い権利として残る期間経過で消滅とすることもできる

年次有給休暇の基準日には一切影響しません。前倒し付与のように、翌年以降の基準日が繰り上がることもありません。入社直後の期間だけに限定した制度を作れるのが、案Cの本質的な利点です。

設計で決めるべき5項目

1. 日数

3日程度から始めるのが現実的です。多くすると短期離職時の負担が大きくなり、少なすぎると制度の意味が薄れます。

2. 付与の時期

入社日とするか、試用期間の満了時とするかです。試用期間の満了時とすれば、ごく短期で離職した職員には付与されません。ただし、入社直後の休みに対応するという目的からは後ろ倒しになります。どちらを優先するかの判断です。

3. 消滅の時期

「雇入れの日から6か月を経過した日に消滅する」と定めてください。これを書き忘れると、使わなかった日数が年次有給休暇と並んで残り続けます。案Cは、有給がない期間を埋めるための制度です。有給が発生した後まで残す理由はありません。

4. 対象者と日数の決め方

全職員を対象としてください。そのうえで、週の所定労働日数に応じて日数を決めます。週5日勤務なら3日、週3日勤務なら2日、といった形です。

正職員だけを対象とし、非常勤を除外する設計は避けてください。雇用形態のみを理由とする待遇の差は、法定外の休暇であっても問題になります。介護事業所は非常勤の比率が高く、除外すれば対象から外れる職員が相当数になります。

5. 賃金の扱い

有給とするか無給とするかも、事業所が決められます。無給の特別休暇であれば費用は発生せず、「欠勤ではなく休暇として扱われる」という位置づけだけが職員に残ります。費用をかけずに制度化したい場合の選択肢として検討する余地があります。

前借りとの違いを、はっきりさせておきます

案Cは、実質的には「前借りを制度にしたもの」に見えるかもしれません。しかし決定的な違いがあります。

回収を前提にしていないことです。

前借りは、後から差し引くつもりで渡し、結果として差し引けませんでした。案Cは、最初から差し引かないものとして渡します。事業所が負担する金額は同じでも、回収できると誤解したまま運用する状態がなくなります。

そして日数に上限があります。前借りは、その都度の判断で際限なく積み上がりますが、案Cは規定した日数で止まります。「いくらまで織り込むか」を、事業所が先に決めておく仕組みが案Cです。

就業規則をどう直すか

制度を決めたら、就業規則に落とします。ここまでの手順を踏んでも、規定に書かなければ制度になりません。

書かなければ、制度として成立しません

休暇に関する事項は、就業規則に必ず記載しなければならない事項です(労働基準法89条1号)。これは年次有給休暇に限らず、事業所が独自に設ける休暇も同じです。

記載しないまま運用すると、次のような場面で事業所が説明できなくなります。

  • 「入社時の休暇は6か月で消滅する」と言っても、書いていなければ根拠がない
  • 職員ごとに日数の扱いが違ってしまい、後から不公平を指摘される
  • 労働基準監督署の調査で、実際の運用と規定の食い違いを指摘される

前借りを続けてきた事業所は、まさにこの状態にあります。規定にない扱いを、その都度の判断で行ってきたためです。

規定例(案Cの場合)

法定外の特別休暇を設ける場合の条文例です。厚生労働省のモデル就業規則には、入社直後を対象とした休暇の条文例がないため、以下は当事務所で組んだものです。そのまま使えるものではなく、日数と要件を自社の実情に合わせて調整してください。

(入社時特別休暇)

第○条 従業員が入社の日から6か月を経過するまでの間、次の各号に定める日数の特別休暇を与える。

(1)週の所定労働日数が5日以上の者 ○日
(2)週の所定労働日数が3日または4日の者 ○日
(3)週の所定労働日数が2日以下の者 ○日

2 前項の特別休暇は、入社の日に付与する。

3 前項の特別休暇の期間は、通常の賃金を支払う。

4 第1項の特別休暇は、入社の日から6か月を経過した日に消滅し、次年度以降に繰り越さない。

5 第1項の特別休暇は、第○条に定める年次有給休暇とは別のものとし、年次有給休暇の日数から控除しない。

第5項を必ず入れてください。法定の年次有給休暇の日数から差し引くことはできません。この一文を置くことで、前借りへの逆戻りを規定の側から止められます。

無給とする場合は、第3項を「前項の特別休暇の期間は、無給とする」に置き換えます。

変更の手順

就業規則を変更する際は、次の順序で進めます。

1. 労働者代表の意見を聴く

事業場の労働者の過半数で組織する労働組合、それがない場合は労働者の過半数を代表する者の意見を聴きます(労働基準法90条1項)。同意を得る必要はありませんが、意見を聴くことは必要です。

代表者の選出は、投票や挙手など、労働者の意思が反映される方法で行います。事業所が指名した者では要件を満たしません。

2. 労働基準監督署に届け出る

変更した就業規則に、聴取した意見を記した書面を添えて、所轄の労働基準監督署長に届け出ます(労働基準法89条、90条2項)。

3. 職員に周知する

各事業場の見やすい場所への掲示、書面の交付、電子データでの提供などの方法で、全職員に周知します(労働基準法106条1項)。周知していない就業規則は効力を生じません。作って届け出ただけで終わらせないでください。

なお、常時10人以上の労働者を使用する事業場でなければ、就業規則の作成・届出の義務はありません。ただし届出義務がない事業所でも、制度を作るのであれば書面にして周知しておくべきです。書いていない制度は、運用が揺れます。

前借りをやめる場合の手順

すでに前借りを認めている事業所が運用を改める場合、次の順序になります。

1. これまでの前借り分の扱いを決める

すでに前借りをさせた職員がいる場合、その分を今後の年次有給休暇から差し引くことはできません。事業所の負担として確定させたうえで、記録上も精算済みとして整理してください。引き継ぐと、いつまでも運用が残ります。

2. 今後の扱いを職員に説明する

前借りは就業規則に根拠のない運用ですから、これを取りやめること自体は、原則として労働条件の不利益変更にはあたりません。ただし、事実上の慣行として定着している場合は、説明なしに打ち切ると不信につながります。あわせて案Cを導入するのであれば、その内容と合わせて説明するのが自然です。

3. 就業規則を整える

案Aを選ぶ場合でも、年次有給休暇の条文が現在の運用と合っているかは確認しておきます。特に、出勤率の算定において出勤したものとして扱う期間(産前産後休業や育児休業など)が規定に入っているかは、この機会に見ておくべき箇所です。

よくある質問

試用期間中の職員にも、6か月経過したら年次有給休暇を付与する必要がありますか

必要です。

継続勤務とは労働契約が存続している期間をいい、試用期間もこれに含まれます。試用期間が3か月であれば、入社から6か月を経過した時点(本採用から3か月後)が最初の付与日です。「本採用から6か月」と数えると、3か月分の付与が遅れることになります。

出勤率の計算も、入社日からの6か月間で行います。試用期間中の欠勤も、そのまま算定に入ります。

入社日に年次有給休暇を付与した場合、年5日の取得義務はいつまでに満たす必要がありますか

入社日から1年以内です。

年5日の取得義務は、10日以上の年次有給休暇を付与した日から1年以内に果たす必要があります(労働基準法施行規則24条の5第1項)。4月1日に入社した職員に入社日に10日を付与したなら、翌年3月31日までに5日です。

入社したばかりの職員にシフトを組みながら5日を消化させることになります。前倒し付与の管理負担に触れたのは、この点も含んでのことです。

入社してすぐ退職する職員に、年次有給休暇を付与する必要はありますか

雇入れの日から6か月を経過する前に退職する場合、年次有給休暇を付与する義務は生じません。付与の要件を満たしていないためです。

一方、6か月を経過した後であれば、すでに付与された日数は職員の権利として残ります。退職までの間に消化を申し出られた場合、事業所は原則として応じることになります。退職日を超えて時季を変更する先がないためです。

なお、前倒し付与や法定外の特別休暇を導入している場合は、この結論が変わります。付与済みの日数は、在籍期間の長短にかかわらず職員のものになるためです。

年次有給休暇がまだないことを、求人票や労働条件通知書に書く必要はありますか

労働条件通知書には、休暇に関する事項を明示する必要があります(労働基準法15条1項、労働基準法施行規則5条)。これは書面での明示が必要な事項です。年次有給休暇の付与の時期と日数を記載することになります。

「入社から6か月間は付与されない」と改めて書く義務まではありませんが、付与の条件を記載していれば、その内容から読み取れる形になります。法定外の特別休暇を設けた場合は、それも休暇の一つとして明示の対象になりますので、記載を漏らさないよう注意してください。

求人票については、応募者の誤解を避ける観点から触れておく価値があります。求人票の記載と実際の労働条件が食い違うと、入職後のトラブルにつながります。この点は介護の求人票、実態と違うと何が起きるかで扱っています。労働条件通知書を後から変更する場面については、労働条件通知書は変更のたびに必要かもあわせてご覧ください。

まとめ

入社から6か月間、年次有給休暇がないのは法律どおりの状態です。この期間に休んだ職員を欠勤として処理することは、違法ではありません。

前借りは、この期間を埋めるための便宜として行われることがありますが、回収の手段がありません。後から発生する年次有給休暇の日数から差し引くことはできず、付与日を迎える前に退職されれば、賃金から控除することもできません。事業所が選べるのは「回収するかどうか」ではなく、この負担をいくらまで、どういう条件で織り込むかです。

そのうえで、取りうる選択肢は3つです。

  • 何もしない。欠勤として処理する。費用も管理の手間も発生しません。まず検討すべき案です
  • 法定の年次有給休暇を前倒しで付与する。適法ですが、翌年以降も基準日を繰り上げ続けることになり、年5日の取得義務の管理も複雑になります。短期離職時の負担は前借りより大きくなります
  • 法定外の特別休暇を設ける。年次有給休暇の基準日に影響せず、日数と条件を自由に設計できます。全職員を対象とし、勤務日数に応じた日数とすることが前提です

いずれを選ぶ場合も、決めた内容は就業規則に書いてください。書いていない制度は、担当者が代わった時点で運用が揺れます。

なお、年次有給休暇に関する制度や運用の解釈は改正されることがあります。この記事は2026年8月時点の内容です。実際に規定を作る際は、厚生労働省や都道府県労働局の公表資料で最新の内容を確認してください。判断に迷う場合は、労働基準監督署や顧問の社会保険労務士など、専門家にご相談ください。

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顧問先の約8割が医療機関・介護福祉事業所です。業種は問いませんので、他の業種の事業者さまもご相談いただけます。労務相談と手続き代行を継続的にお受けする顧問契約(月額22,000円〜・税込)のほか、就業規則の作成・変更、助成金の申請代行、給与計算のみのご依頼もお受けしています。何をどこまでお受けするか、料金と契約の条件は業務案内に記載しています。ご契約前の面談は無料です。オンラインで全国対応。

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この記事を書いた人

川西 隆之のアバター 川西 隆之 社会保険労務士

兵庫県川西市の川西隆之社労士事務所
クラウドツールを活用した労務のデジタル化を得意としています
(ジョブカン認定アドバイザー)

税理士事務所勤務平成22年3月~平成31年1月
社労士業補助平成22年3月~平成28年8月
社労士登録平成28年9月~
1984年3月9日生まれ。
兵庫(但馬)産まれ兵庫(但馬)育ち。川西市在住。
一人の妻と3人の子どもたち。

2005年社労士試験合格
2016年開業登録(岐阜県)
→2020年より兵庫県川西市にて開業

以下の事項に力を入れています。
・クラウド勤怠管理・給与計算を利用した勤怠管理・給与計算の効率化
→給与計算に必要な時間の圧倒的な削減

・クラウド労務管理を導入することで、法定帳簿の管理・社会保険手続きの効率化
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・適切な労務管理を行うことによる、労使トラブルの防止
→疑問点があれば、その都度の相談可能

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