介護施設で職員が疥癬(かいせん)に感染したとき、施設がまず迷うのは「これは労災になるのか」という点です。ただ、実務でより重いのはその次の問題です。休ませた日の給料を、誰が、どの根拠で払うのか。
ここには誤解が多くあります。労災になれば全部労災保険から出ると思われがちですが、そうではありません。労災に当たる場合でも、最初の3日間は施設が払います。逆に、労災に当たるのに休業補償が出ない場合もあります。そして「働けるけれど念のため休んでもらう」と判断したなら、それは労災ではなく休業手当の問題になります。
現場では「有給を使ってもらうか、欠勤にするか」の2択で処理されがちですが、有給がない職員には前者が使えません。そして無給という処理は、多くの場合そもそも選択肢になりません。
本記事では、医業・社会福祉に特化した社会保険労務士が、介護施設で職員が疥癬に感染した場合について、①そもそも休ませる必要があるのか、②休ませるなら賃金の根拠はどれか、を順に整理します。労災請求の様式や手続きの流れは別の記事で扱っているため、ここでは賃金の判断に絞ります。
※本記事の内容は2026年9月時点の法令・ガイドラインに基づいています。
疥癬は労災になる ——「介護の業務」が職業病リストに書き加えられた理由
結論から述べます。介護施設の職員が業務を通じて疥癬に感染した場合、それは労災(業務上の疾病)になり得ます。しかも疥癬は、感染症一般の中でも制度上の位置づけがはっきりしている疾患です。
根拠は職業病リストにある
労災の対象となる病気の範囲は、労働基準法第75条第2項を受けて、労働基準法施行規則の別表第1の2に定められています。実務では「職業病リスト」と呼ばれる一覧です。
このリストの第6号は「細菌、ウイルス等の病原体による疾病」を扱っており、その1番目に次の業務が挙げられています。
患者の診療若しくは看護の業務、介護の業務又は研究その他の目的で病原体を取り扱う業務による伝染性疾患
「介護の業務」と、名指しに近い形で書かれています。法令は、介護の現場で働くこと自体に感染のリスクが内在していることを、最初から想定しているということです。
この一文が加わったきっかけが、疥癬でした
注目すべきは、この「介護の業務」という文言が、もともとこの条文になかったことです。追加されたのは平成22年(2010年)5月7日の改正で、それ以前の介護業務による感染症は、リストの末尾にある包括的な救済規定で拾われていました。
そして改正時の施行通達には、追加の理由がこう書かれています。改正前の包括的救済規定に該当するものとしての、介護の業務による疥癬等の伝染性疾患の認定状況を踏まえ、対象業務として介護の業務を明示したものである、と。
つまり、疥癬は、介護の業務を職業病リストに書き込ませた当の疾患のひとつです。「介護職員の疥癬が労災になるのか」という問いに対して、制度の側はすでに答えを出しているとも言えます。
ただし、自動的に労災になるわけではありません
誤解のないように補足します。リストに書かれているのは「介護の業務による伝染性疾患」であって、「介護職員がかかった感染症のすべて」ではありません。業務と感染との結びつき(業務起因性)は個別に判断され、その判断を行うのは労働基準監督署です。
家庭内で家族から感染したことが明らかな場合など、業務外の感染は対象になりません。一方で、施設内で疥癬が発生し、その利用者のケアにあたっていた職員が発症した、という時系列が示せれば、業務との結びつきは説明しやすくなります。この「記録で示せるか」という点が実務では効いてきます(後の章で扱います)。
施設側にできるのは、正しい知識を持ち、判断材料になる記録を残し、職員の請求を妨げないことです。感染症の労災の考え方全般については、医療・介護の職員が感染症にかかったら労災かで、コロナ・インフルエンザ・針刺し事故なども含めて整理しています。
そのうえで本記事が扱うのは、この先です。労災になり得ると分かったとして、では職員を休ませるのか。休ませた日の給料はどうなるのか。次章から順に見ていきます。
そもそも休ませる必要があるのか ? 通常疥癬と角化型で判断が変わる
賃金の話に入る前に、順番として先に片づけるべき問いがあります。その職員を、そもそも休ませなければならないのか。ここを確認せずに一律で休ませると、必要のない賃金負担が生じることがあります。
法令上、疥癬に就業制限はありません
まず制度の話です。感染症の中には、法令によって就業が制限されるものがあります。感染症法に基づき、都道府県知事が特定の業務への就業を制限する仕組みで、対象は一類・二類・三類の感染症や新型インフルエンザ等感染症に限られます。
疥癬は、この対象に含まれません。そもそも感染症法上の届出対象疾患ではないため、就業制限の根拠となる規定が存在しないのです(施設内で多数の発生があった場合に保健所へ情報提供を求める運用は、自治体によってあります)。
もう一つ、労働安全衛生法第68条と労働安全衛生規則第61条に「病者の就業禁止」という規定があります。ただしこの規定の対象は、行政解釈上、限られた疾患に絞って運用されており、感染症法の対象疾患についてはそちらの規定に委ねられる整理になっています。疥癬がここに含まれると考える根拠は見当たりません。
つまり、疥癬に感染した職員を休ませるかどうかは、法令が決めることではなく、施設が判断することです。この点が、後で述べる賃金の扱いに直結します。
通常疥癬と角化型では、感染力が桁違いです
判断の材料になるのが、疥癬の型です。疥癬には「通常疥癬」と「角化型疥癬(ノルウェー疥癬)」があり、施設が取るべき対応は両者でまったく異なります。
| 通常疥癬 | 角化型疥癬 | |
|---|---|---|
| ヒゼンダニの寄生数 | 1000匹以下(雌成虫は患者の半数で5匹以下) | 100万〜200万匹 |
| 宿主の免疫力 | 正常 | 低下 |
| 感染力 | 弱い | 強い |
| 潜伏期間 | 感染から1〜2か月 | 4〜5日 |
| 感染経路 | 皮膚と皮膚の直接接触 | 直接接触に加え、寝具や落屑を介した間接接触 |
| かゆみ | 強い(夜間に強い) | 不定(かゆみがないこともある) |
(日本皮膚科学会「疥癬診療ガイドライン(第3版)」に基づく京都府の資料より作成)
通常疥癬は、入浴介助や体位変換のように長時間の皮膚接触がなければ、まず感染しません。一方の角化型は、剥がれ落ちた角質(落屑)や寝具からも感染し得るため、同じ疥癬という名前でも警戒の度合いが違います。施設で集団発生の起点になるのは、多くの場合こちらです。
ヒゼンダニ自体は環境中で長く生きられません。乾燥に弱く、16℃以下ではほとんど動かず、皮膚から離れるとおおむね数時間で感染力が低下し、50℃・10分で死滅するとされています。
ガイドラインは、通常疥癬について隔離を求めていません
疥癬診療ガイドライン(第3版・2015年)および同追補(2018年)では、通常疥癬の患者について個室隔離は不要とされ、標準予防策で対応する扱いが示されています。他方、角化型については治療開始後の一定期間、個室での管理と環境整備が推奨されています。
これは患者(利用者)についての記述ですが、感染力の考え方は職員にも共通します。「疥癬だから一律に出勤停止」という運用は、少なくともガイドラインが前提とする感染対策の考え方とは一致しません。
ただし、実際にその職員を勤務させるかどうかは、症状の程度、担当する業務の内容、治療の開始時期によって変わります。医学的な判断は主治医や産業医に確認してください。本記事が扱うのは、その判断の結果として休ませることにした場合、賃金がどうなるかです。
小規模事業所ならこう考える
産業医のいない事業所では、判断の拠り所を作りにくいのが実情です。最低限、次の3点を確認しておけば、後から説明できる状態になります。
- 診断は通常疥癬か、角化型か(診断書または本人からの申告内容を記録に残す)
- 治療をいつ開始したか
- 主治医から就業について何か指示があったか
そのうえで休ませると決めたなら、次章の賃金の整理に進みます。「休ませる」と決めた時点で、賃金の負担が発生するからです。
休ませるなら、賃金の根拠は3つに分かれる
前章のとおり、疥癬で職員を休ませるかどうかは施設の判断です。そして休ませると決めた時点で、賃金の負担が発生します。どの根拠で、いくら払うのか。分かれ目は一つです。
その職員は、療養のため働けない状態なのか。それとも、働けるが施設の判断で休ませているのか。

A 療養のため働けない場合 —— 労災。ただし最初の3日間は施設が払う
症状や治療のために働けない状態であれば、業務上の疾病として労災の対象になります。ここで施設が最も誤解しやすいのが、最初の3日間の扱いです。
労災保険から休業に対する給付(休業補償給付)が出るのは、休業4日目からです。最初の3日間は待期期間と呼ばれ、労災保険からは支給されません。
では、その3日間は無給でよいのか。違います。
業務上の負傷・疾病で労働者が休業した場合、使用者は平均賃金の60%の休業補償を行わなければならないと労働基準法第76条に定められています。労災保険から給付が出る場合は同法第84条により使用者の補償責任が免除されますが、給付が出ない待期3日間については、この免除が働きません。施設の補償義務がそのまま残ります。
4日目以降は、労災保険から給付基礎日額(おおむね直前3か月の平均賃金)の60%が休業補償給付として支給され、これに社会復帰促進等事業から休業特別支給金20%が上乗せされます。合わせて実質約80%が職員に支払われます。
整理すると、Aの場合の負担は次のようになります。
- 休業1〜3日目:施設が平均賃金の60%を補償(労基法76条)
- 休業4日目以降:労災保険から実質80%(休業補償給付60%+休業特別支給金20%)
B 働けるが、施設の判断で休ませる場合 —— 休業手当
こちらが、疥癬で実際に起きやすい場面です。治療を始めて本人は勤務できる状態にあるが、感染拡大を防ぐために施設が出勤停止にする。このとき、労災の休業補償給付は出ません。休業補償給付は「療養のため労働することができない」ことが要件だからです。働ける職員を休ませているのであれば、この要件を満たしません。
では何が根拠になるか。労働基準法第26条の休業手当です。同条は、使用者の責に帰すべき事由による休業について、平均賃金の60%以上の休業手当の支払いを義務づけています。
「感染拡大を防ぐためなのだから、施設の責任ではないのでは」と思われるかもしれません。しかし行政解釈では、ここでいう使用者の責に帰すべき事由とは、経営者として不可抗力を主張し得ないすべての場合とされています。そして不可抗力といえるためには、①その原因が事業の外部より発生した事故であること、②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であること、の2つをいずれも満たす必要があります。
前章で確認したとおり、疥癬には法令上の就業制限がありません。行政の指示で休ませているのではなく、施設が自ら決めて休ませている。したがって外部から発生した事故には当たらず、不可抗力とは言えません。
厚生労働省も、新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)の中で同趣旨の整理を示しています。発熱などの症状があることのみをもって一律に労働者を休ませる措置のように、使用者の自主的な判断で休業させる場合は、一般的には使用者の責に帰すべき事由による休業に当たり、休業手当を支払う必要がある、というものです。疥癬の名指しではありませんが、「法令の指示ではなく施設の判断で休ませる」という構造は同じです。
C 本人が年次有給休暇を充てる場合 —— 通常の賃金
職員本人が有給休暇の取得を希望するのであれば、通常どおりの賃金が支払われます。ただし、これには2つの制約があります。
第一に、施設が有給を充てることはできません。年次有給休暇は労働者が請求する時季に与えるものであり、使用者が一方的に取得させることはできません。厚生労働省も、感染している、またはその疑いのある労働者について一律に年次有給休暇を取得したこととする取扱いはできない、と明示しています。休業手当の支払いを避ける目的で有給の消化を求めるのは、この点に反します。
第二に、有給がない職員には使えません。入職から6か月未満の職員や、付与日数を使い切っている職員には、そもそも選択肢が存在しません。「有給で処理する」という慣行は、ここで行き詰まります。なお、入社時の付与や前借りで対応できないかという相談を受けることがありますが、これには別の問題があります。詳しくは介護事業所で有給を前借りさせる場合の設計で整理しています。
「無給」は選択肢に入らない
以上を一覧にすると、次のとおりです。
| どういう場面か | 誰が払うか | 金額 | 根拠 | |
|---|---|---|---|---|
| A | 療養のため働けない | 1〜3日目:施設 4日目以降:労災保険 | 1〜3日目:平均賃金の60% 4日目以降:実質約80% | 労基法76条 労災保険法14条 |
| B | 働けるが施設の判断で休ませる | 施設 | 平均賃金の60%以上 | 労基法26条 |
| C | 本人が有給を希望 | 施設 | 通常の賃金 | 労基法39条 |
A・Bのいずれにおいても、施設に支払義務があります。休ませておいて無給にする処理は、賃金の未払いになり得ます。
そしてAとBは、一件の中で入れ替わります。発症直後は療養で働けず(A)、治療が進んで働ける状態になった後も念のため休ませる(B)、という経過は普通に起こります。日付で切り分けて処理する必要があります。
なお、Aに当たる場合でも、本人が待期3日間に有給を充てることを希望すれば、それは可能です。その場合は通常の賃金が支払われるため、施設が労基法76条の休業補償を行う必要はなくなります。あくまで本人が選ぶ場合に限られます。
「軽い業務に回せばよい」は、介護では成立しない
前章の整理を読んで、こう考えた方がいるかもしれません。休ませるから賃金が発生するのであって、休ませずに別の業務に就かせればよいのではないか、と。
一般的な労務の解説では、これは有力な選択肢として扱われます。厚生労働省も、休業手当の要否を判断する際の考え方として、自宅勤務などの方法により労働者を業務に従事させることが可能な場合に、これを十分に検討するなど、休業の回避について通常使用者として行うべき最善の努力を尽くしたかどうかを挙げています。テレワークや軽作業への振り替えという逃げ道がある前提の整理です。
介護の現場には、その逃げ道が構造的にありません。
第一に、独立した「事務」が存在しないことです。介護記録は介護業務に付随して発生するものであって、介護をしない職員が代わりに処理できる仕事ではありません。訪問介護・訪問看護であれば、訪問しなければ業務そのものが発生しません。「身体介護から外して事務に回す」という発想は、事務がひとかたまりの仕事として存在するオフィスの前提です。
第二に、抜けた人手はそのまま穴になることです。シフトは必要な人数で組まれており、一人を身体介護から外せば、その穴は他の職員が埋めます。余った一人を置いておく持ち場が、そもそも用意されていません。
したがって介護施設では、「休ませるか、通常どおり勤務させるか」の二択になりやすい。中間の選択肢が事実上ないため、前章の判断がそのまま賃金の負担に直結します。
この構造は、記録の面でも意味を持ちます。休業を回避する努力を尽くしたかどうかが問われる場面で、「振り替えられる業務がなかった」という事情は、施設の側の事実です。なぜその職員を休ませることにしたのか、他に取り得る対応がなかったのかを、判断した時点で残しておくことをおすすめします。後から説明を求められたときに、記憶ではなく記録で答えられる状態になります。
労災請求で施設が問われること、残しておく記録
職員が労災を請求する場合、施設は請求そのものを行う立場ではありません。請求は労働者本人が労働基準監督署に対して行い、施設はそれに協力する側になります。労災保険法施行規則第23条にも、労働者が自ら手続きを行うことが困難な場合には、事業主は手続きを行えるよう助力しなければならないと定められています。
実際に問われるのは、事実関係です
事業主証明の欄に押印することを、施設側がためらう場面があります。「うちで感染したという証拠はない」「労災と認めたことになるのではないか」という懸念からです。
ここは正確に理解しておく必要があります。事業主証明で確認するのは、在籍の事実や休業した期間といった事実関係であって、施設が「これは労災だ」と法的な判断を下すものではありません。業務が原因かどうかを判断するのは労働基準監督署です。
当事務所が感染症の労災請求に関与してきた範囲でも、監督署から施設に向けられた確認は、感染した利用者がいたかどうかといった事実関係が中心でした。施設の責任を追及する趣旨の調査ではありません。もちろん事案によって確認の内容は変わりますが、押印を渋る理由として想定されているほど重い手続きではない、というのが実感です。
なお、事業主が証明を拒んでも、労働者はその旨を記載して監督署に直接請求できます。押印を拒むことで請求を止めることはできません。渋る対応は、監督署から事情を問われる材料になり、職員との信頼関係も損ないます。
請求様式の種類や労働者死傷病報告の提出義務については、医療・介護の職員が感染症にかかったら労災かで詳しく整理しています。労災保険を使うかどうかにかかわらず、業務上の疾病で職員が休業すれば死傷病報告の提出義務が生じる点は、見落とされやすいので合わせてご確認ください。
遡る範囲は、疥癬の型で変わります
業務との結びつきを説明する材料は、施設が持っている記録です。ここで前章までに見た潜伏期間が効いてきます。
通常疥癬であれば、潜伏期間は1〜2か月です。職員が発症した時点では、施設内の流行がすでに収まっていることもあります。1〜2か月前まで遡って、その職員が誰のケアにあたっていたかを示せるかどうかが問われます。
角化型であれば、潜伏期間は4〜5日です。直近の勤務記録で足ります。施設内で角化型の利用者が確認されていれば、時系列は明確になります。
残しておく記録として、次のものが判断材料になります。
- 施設内で疥癬(通常疥癬か角化型か)が発生した日と、対象となった利用者
- その利用者のケアに、いつ、誰が、どのような業務であたったか(勤務表、介護記録)
- 職員の症状がいつ現れ、いつ受診したか
- 診断の内容(通常疥癬か角化型か)
いずれも新たに作る書類ではなく、通常の勤務表と介護記録があれば足ります。問題は、必要になった時点でその期間の記録が残っているかどうかです。通常疥癬では2か月前の記録を見に行くことになるため、保存の状態を一度確認しておく価値があります。
診断前の検査や、予防のための投薬はどうなるか
施設から相談を受けやすいのが、この費用です。感染が疑われる段階での受診・検査費用や、濃厚接触した職員への予防的な投薬にかかった費用を、労災保険で扱えるのかという問題です。
疥癬について、この点を示した公的な取扱いは見当たりません。労災保険の給付は業務上の疾病について行われるものであり、診断が確定していない段階の費用をどう扱うかは、事案によって判断が分かれ得ます。
したがって、費用が発生する前に所轄の労働基準監督署に確認することをおすすめします。実際に施設が費用を負担してから相談すると、選択肢が狭まります。なお、針刺し事故のように、感染が確定する前の予防的な投薬について個別の取扱いが示されている例もあります。疥癬について同様の扱いがあるかは、管轄に確認するのが確実です。
よくある質問
Q1. 職員から同居の家族に感染しました。家族の治療費も労災で見てもらえますか。
対象になりません。労災保険は、事業主と労働契約のある労働者本人の業務上の負傷・疾病を補償する制度です。同居の家族は労働者ではないため、家族の治療費は労災保険の給付対象になりません。家族の治療は、その方が加入している健康保険で対応することになります。
疥癬は皮膚と皮膚の接触で感染するため、職員の家族に広がることは起こり得ます。相談を受けた際に「労災でカバーされる」と説明してしまうと、後で行き違いになります。補償の範囲は職員本人までであるという点は、最初に伝えておくほうが親切です。
Q2. 複数の職員に発生しました。対応は変わりますか。
賃金の考え方そのものは変わりません。職員一人ひとりについて、A・B・Cのどれに当たるかを個別に判断します。全員をまとめて同じ扱いにすると、働ける職員まで療養扱いにするといったずれが生じます。
一方で、複数発生している状況は、業務との結びつきを説明する材料にはなります。同じ時期に、同じフロアや同じ利用者に関わっていた職員が複数発症しているという事実は、記録として残しておく価値があります。
なお、施設内で疥癬が多数発生した場合に保健所への情報提供を求める運用は、自治体によってあります。労災とは別の話ですが、所在地の保健所の案内を確認しておいてください。
Q3. 労災を使うと、労災保険料が上がって損ではありませんか。
労災保険には、労災保険給付の多寡によって翌々年度以降の保険料を増減させるメリット制という仕組みがあります。ただし、これは一定規模以上の事業場に適用されるもので、継続事業では、常時100人以上の労働者を使用する事業、または20人以上100人未満で災害度係数が一定以上の事業が対象です。規模の小さい事業所には適用されません。
適用される規模であっても、労災を隠すことのリスクのほうが大きいと考えます。業務上の疾病で職員が休業したのに労働者死傷病報告を提出しなければ、労災かくしとして労働安全衛生法違反に問われ得ます。適用の有無や影響の程度は、労働局または顧問社会保険労務士に確認してください。
Q4. 施設内に疥癬の利用者がいなければ、労災にはなりませんか。
一概にそうとは言えません。施設内に感染源となる利用者がいれば業務との結びつきを示しやすいのは確かですが、いなかったからといって、直ちに業務外と決まるわけではありません。
介護の現場は、利用者やその家族と日常的に接触する仕事です。職業病リストは「介護の業務による伝染性疾患」を対象として明示しています。業務の性質上ほかに感染の機会が考えにくいといった事情があれば、業務上と判断される余地は残ります。
判断するのは労働基準監督署です。施設側が「感染源がいなかったから労災ではない」と自ら結論を出し、請求への協力を断るのは避けるべき対応です。迷う場合は、所轄の労働基準監督署に確認してください。
まとめ ——「休ませる」と決めた時点で、賃金の負担は決まる
介護施設で職員が疥癬に感染したときの要点を振り返ります。
疥癬は労災の対象になり得ます。職業病リストに「介護の業務による伝染性疾患」が明示されており、その一文が加わったきっかけ自体が、介護現場での疥癬等の認定状況でした。
一方で、疥癬には法令上の就業制限がありません。休ませるかどうかは施設の判断であり、通常疥癬と角化型では感染力も潜伏期間も大きく異なります。まず型を確認せずに一律で休ませることが、賃金負担の入口になっています。
休ませた日の賃金は3つに分かれます。療養のため働けないなら労災で、ただし最初の3日間は施設が平均賃金の60%を補償します。働けるが施設の判断で休ませるなら、労災の休業補償は出ず、労働基準法26条の休業手当になります。年次有給休暇は本人が選ぶ場合に限られ、有給のない職員には使えません。そして「無給」は、いずれの場合も選択肢に入りません。
介護の現場では、軽い業務への振り替えという中間の選択肢が事実上ありません。だからこそ、休ませるという判断がそのまま賃金に直結します。判断した理由と、感染源となった利用者への関わりの記録は、その時点で残しておいてください。通常疥癬であれば、1〜2か月前まで遡ることになります。
最後に、これらの制度や医学的な指針は改定されることがあります。実際の対応にあたっては、厚生労働省・労働局・所在地の保健所の最新情報や、日本皮膚科学会の診療ガイドラインでご確認ください。業務上か業務外かを判断するのは労働基準監督署です。判断に迷う場合は、所轄の労働基準監督署や顧問社会保険労務士など、専門家に相談することをおすすめします。
本記事は2026年9月時点の情報に基づいています。

