訪問介護・看護の労働時間|移動・待機・直行直帰はどこから給料が発生するか

訪問介護や訪問看護の現場では、「介護報酬の対象にならない時間は、給料を払わなくてよい」という感覚が、今も根強く残っています。利用者宅から次の利用者宅への移動、予定が急にキャンセルになったあとの空き時間、事業所に戻って記録を書く時間。これらはサービス提供時間ではないため報酬には結びつきませんが、だからといって賃金を払わなくてよいことにはなりません。

労働基準法上の「労働時間」は、介護報酬や医療保険の「算定時間」とはまったく別の物差しで決まります。この二つを同じものと考えて賃金計算をしていると、知らないうちに未払い賃金を積み上げ、労働基準監督署の是正勧告や、退職者からの残業代請求という形で表面化することがあります。

この記事では、訪問介護・訪問看護における労働時間を、移動時間・待機時間・直行直帰という現場で判断に迷いやすい場面に絞って整理します。どこからどこまでが賃金を払うべき労働時間なのか、その線引きの基準と、就業規則・賃金規程への落とし込み方までを、条文・通達・裁判例に沿って確認していきます。

目次

「算定時間」と「労働時間」は、別の物差しで決まる

訪問系サービスの労務管理でつまずく原因の多くは、たった一つの誤解にあります。それは、「事業所の売上になる時間」と「従業員に給料を払う時間」を、同じ物差しで測ろうとしてしまうことです。

介護報酬や医療保険は、実際に利用者へサービスを提供した時間に対して支払われます。事業所の収入という観点では、これは自然な仕組みです。しかし、従業員に支払うべき賃金は、この「収入になる時間」とは別の基準、すなわち労働基準法上の「労働時間」に該当するかどうかで決まります。

労働時間とは、後の章で詳しく見るとおり、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間を指します。ここで重要なのは、その時間が事業所の収入に結びつくかどうかは、労働時間の判断に一切関係しないという点です。利用者宅から次の利用者宅へ移動している時間は、報酬の対象にはなりません。しかし、事業所の指示でその移動を行っている以上、それは労働時間であり、賃金を支払う義務があります。

この構造を、いくつかの場面で具体的に見てみます。

利用者宅間の移動は、報酬にはなりませんが、労働時間です。急なキャンセルで生じた空き時間も、事業所からの指示で次の訪問先の近くや事業所で待機しているなら、報酬にはなりませんが、労働時間です。訪問を終えて事業所に戻り、業務報告書や記録を作成する時間も、報酬にはなりませんが、労働時間です。

いずれも「報酬にはならないが、労働時間である」という共通点を持っています。事業所の視点では収入にならない時間ですが、従業員の視点では、事業所の指示で拘束されている時間にほかなりません。この時間の人件費は、報酬とは切り離して、使用者が負担すべきコストなのです。

厚生労働省も、この切り分けを繰り返し事業所に求めてきました。訪問介護労働者の移動時間や待機時間を一律に労働時間として扱っていない事業所が依然として存在することを問題視し、令和3年には全国の自治体を通じて、移動時間は原則として労働時間に該当することを改めて周知しています。これは、報酬と労働時間を混同したまま賃金計算をしている事業所が、いまだ少なくないという実態の裏返しでもあります。

まずは、「報酬にならない時間にも、賃金を払うべき時間がある」。この出発点を押さえたうえで、では具体的にどこからが労働時間なのか、その判断基準を次の章で確認していきます。

労働時間かどうかは、「指揮命令下」にあるかで決まる

前章で、報酬にならない時間にも賃金を払うべき場合があると述べました。では、その「賃金を払うべき労働時間」は、何を基準に判断されるのでしょうか。

結論から言えば、労働時間かどうかは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれているかどうかで、客観的に決まります。ここで最も重要なのは、「客観的に」という部分です。事業所が就業規則や雇用契約で「移動時間は労働時間に含めない」「待機時間は無給とする」と定めていたとしても、その定めによって労働時間かどうかが決まるわけではありません。実態として指揮命令下にあれば、就業規則の文言にかかわらず、それは労働時間になります。

この考え方は、労働時間に関する最高裁判所の判断として確立しています。三菱重工業長崎造船所事件(最高裁 平成12年3月9日判決)で、最高裁は、労働基準法上の労働時間とは労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、これに該当するかどうかは労働契約や就業規則の定めによって決まるものではなく、客観的に定まると判断しました。この事件では、作業服の着替えや準備行為の時間が争われましたが、それが会社の指示で事業所内で行うことを義務づけられていた以上、労働時間にあたるとされています。

この判断が訪問系サービスの労務管理に持つ意味は、非常に大きいものです。

たとえば、就業規則に「移動時間は労働時間に含まない」と明記していたとします。しかし、その移動が事業所の指示によるもので、従業員が自由に使える時間ではないなら、規則の文言がどうであれ、その移動時間は労働時間です。同様に、雇用契約書で「サービス提供時間のみを労働時間とする」と合意していても、実態として記録作成や待機で拘束しているなら、その時間の賃金支払義務は消えません。

労働基準法は、当事者の合意によって適用を免れることができない強行法規です。労働者本人が「移動時間は無給でかまいません」と同意していたとしても、それが労働時間である限り、賃金を支払わないことは労働基準法違反となります。従業員の同意があるから大丈夫だ、という発想は通用しません。

つまり、労務管理の出発点は、就業規則に何をどう書くかではなく、従業員が実際にどのような拘束を受けているかという実態の把握にあります。就業規則の整備はもちろん重要ですが、それは実態を正しく反映している場合にのみ意味を持ちます。実態と乖離した規定は、いざ労働基準監督署の調査や未払い賃金請求の場面になれば、事業所を守る盾にはなりません。

この「指揮命令下にあるか、自由に使える時間か」という基準を具体的な場面にあてはめていくと、移動時間や待機時間の線引きが見えてきます。次章では、現場で最も判断に迷う移動時間、とりわけ直行直帰の場合の労働時間の範囲を整理します。

移動時間はどこから労働時間か——直行直帰の線引き

訪問系サービスの労働時間で、最も判断に迷うのが移動時間です。とりわけ、事業所に立ち寄らず自宅から直接利用者宅へ向かう直行直帰の働き方では、どこからが通勤で、どこからが労働時間なのかが曖昧になりがちです。ここを整理しておきます。

まず、移動時間には性質の異なるものが混在しています。判断の基準は、これまでと同じく「使用者の指揮命令下にあるか、労働者が自由に使える時間か」です。この基準を移動の場面ごとにあてはめると、次のように整理できます。

事業所と利用者宅の間の移動、および利用者宅から次の利用者宅への移動は、労働時間です。事業所に出勤したうえで利用者宅へ向かう時間も、一件目を終えて二件目へ移動する時間も、事業所の指示に基づいて次の業務場所へ赴く行為であり、その間、労働者は自由に行動できません。厚生労働省も、こうした業務上の移動時間は原則として労働時間に該当すると明示しています。

一方、自宅から最初の利用者宅へ向かう直行の移動と、最後の利用者宅から自宅へ帰る直帰の移動は、原則として通勤時間にあたり、労働時間には含まれません。これらは業務を開始するための、あるいは業務を終えて帰宅するための移動であって、通常の通勤と同じ性質を持つと考えられるためです。経路の選択や途中の過ごし方について、事業所から特段の拘束を受けていない限り、この時間は労働時間にはなりません。

ここで注意したいのは、直行直帰であっても、一日の移動のすべてが通勤になるわけではないという点です。たとえば一日に三件を回るヘルパーが、自宅から一件目へ直行し、最後の三件目から自宅へ直帰する場合を考えます。このとき、自宅から一件目への移動は通勤、一件目から二件目、二件目から三件目への移動は労働時間、三件目から自宅への移動は通勤、というように、同じ一日の移動でも法的な性質が途中で切り替わります。「直行直帰だから移動はすべて通勤で無給」と一括りにしてしまうと、利用者宅間の移動という明確な労働時間を賃金計算から漏らすことになります。

なお、直行直帰であっても、業務性が極めて強い特段の事情がある場合には、例外的に労働時間と評価される可能性があります。たとえば、移動の前提として重要物品の運搬や厳重な管理を義務づけられているようなケースです。もっとも、これは例外的な扱いであり、通常の直行直帰の移動は通勤と考えるのが原則です。個別の判断に迷う場合は、労働局や社会保険労務士に確認することをおすすめします。

次に、実務でよく採用されている移動時間の処理方法について触れておきます。移動時間に対して、サービス提供時間とは別に「一回あたり何分」とみなしたり、「一回いくら」の移動手当を定額で支給したりする方法です。過去の実測などに基づいてこうした定額制やみなしを設けること自体は、ただちに違法ではありません。厚生労働省の労務管理マニュアルでも、合理的な根拠に基づく定額制は差し支えないとされています。

ただし、ここに大きな落とし穴があります。定額やみなしを設定していても、実際の移動時間がその想定を上回った場合には、超過した分の賃金を実労働時間に基づいて追加で支払う義務があるという点です。「移動手当を毎回払っているから問題ない」と考えて、実際の移動時間を測定せず精算もしていない運用は、労働基準法が定める賃金全額払いの原則に抵触するおそれがあります。定額制を採用するのであれば、実際の移動時間を把握する仕組みと、想定を超えた場合に差額を精算するルールを、あわせて用意しておく必要があります。

みなし処理について、もう一点補足します。訪問系サービスは、訪問先や訪問時刻があらかじめスケジュールとして決まっており、事業所が労働時間を把握しようと思えば把握できる業務です。そのため、「労働時間を算定し難いとき」に適用される事業場外みなし労働時間制を、移動時間の管理に安易に持ち込むことは適切ではありません。移動時間の処理を検討する際は、この点にも留意が必要です。

移動時間の次に判断が難しいのが、訪問と訪問の間に生じる待機時間です。これが休憩なのか、それとも賃金が発生する手待ち時間なのか。次章で整理します。

待機時間は「休憩」か「手待ち」か

訪問と訪問の間に空き時間ができたとき、その時間を休憩として無給扱いにしてよいのか、それとも賃金の発生する時間なのか。ここも現場で判断に迷う場面です。

労働基準法上、休憩時間とは、労働者が労働から離れることを保障された時間をいいます。これに対し、実際には作業をしていなくても、必要が生じればただちに対応できるよう待機している時間は「手待ち時間」と呼ばれ、休憩ではなく労働時間として扱われます。両者を分ける基準は、その時間に労働からの解放が客観的に保障されているかどうかにあります。

この基準を明確に示したのが、大星ビル管理事件(最高裁 平成14年2月28日判決)です。この事件では、ビル管理会社の従業員が、24時間勤務中に与えられた仮眠時間の扱いを争いました。仮眠中であっても、警報や電話があればただちに対応することが義務づけられていたため、最高裁は、その仮眠時間は労働から解放された時間とはいえず、使用者の指揮命令下にある労働時間にあたると判断しました。実作業をしていない時間であっても、応答や対応の義務があって自由に過ごせないのなら、それは休憩ではないという考え方です。

これを訪問系サービスの空き時間にあてはめてみます。

たとえば、一件目と二件目の訪問の間に30分の空きがあったとします。この30分間、従業員が事業所や次の訪問先の近くで待機するよう指示され、電話番を任されていたり、いつでも次の訪問に動けるよう場所的に拘束されていたりして、その場を離れて自由に過ごすことができないのであれば、それは休憩ではなく手待ち時間です。賃金の支払い対象になります。

反対に、この30分間、従業員が完全に自由に過ごしてよく、自宅に戻ろうと買い物をしようと事業所が関知しない、次の訪問時刻までは呼び出しもかけない、という状態であれば、その時間は休憩時間と評価される余地があります。

つまり、同じ「30分の空き時間」でも、休憩になるか手待ち時間になるかは、その時間の過ごし方に事業所がどれだけ拘束をかけているかで決まります。「空き時間だから自動的に休憩」ではありません。就業規則や勤務表の上で休憩と記載していても、実態として拘束していれば、前章で見たとおり実態が優先され、賃金の支払い義務が生じます。とりわけ、外に出られない、事業所で待機を命じられている、といった場面では手待ち時間と判断されやすいことに注意が必要です。

ここで、待機と関連する論点として、利用者都合のキャンセルへの対応にも触れておきます。

利用者の急な都合で訪問がキャンセルになり、従業員を帰宅させたり待機させたりして休業させた場合の扱いには、注意が必要です。「利用者の都合によるキャンセルだから、事業所に責任はなく、賃金も休業手当も発生しない」と考えてしまいがちですが、これは逆です。厚生労働省の通達は、利用者からの利用申込みの撤回や利用時間帯の変更を理由に労働者を休業させた場合、これは原則として「使用者の責に帰すべき事由」による休業にあたるという立場をとっています。天災などの不可抗力とは異なり、利用者のキャンセルは事業を営むうえでのリスクであり、原則として事業主が負うべきものと整理されているためです。

したがって、勤務表で労働日と勤務時間が決まっていた従業員を、利用者都合のキャンセルで休業させた場合には、原則として、平均賃金の6割以上の休業手当を支払う義務が生じます。事業所がこの支払義務を免れることができるのは、他の利用者宅での勤務など、その従業員に代替の業務を行わせる可能性を十分に検討し、最善の努力を尽くしたと認められる場合に限られます。「利用者の都合だから」「うちには代わりにやってもらう仕事がないから」といった理由で、当然に無給としてよいわけではありません。キャンセルが出るたびに従業員を無給で帰宅させる運用を続けていると、休業手当の未払いが積み重なるおそれがあります。

訪問看護のオンコール待機は労働時間か

訪問看護ステーションでは、夜間や休日に利用者の急変へ備え、看護師が自宅などで待機し、連絡があれば対応するオンコール体制を敷いていることが少なくありません。この待機時間が労働時間にあたるのかどうかは、前章で見た「労働からの解放が保障されているか」という基準で判断されます。もっとも、オンコールの場合は、その判断が事業所の運用実態によって分かれるため、一律に結論づけることができません。

この点について、判断が分かれた二つの裁判例があります。

一つは、訪問看護に従事する看護師のオンコール待機が労働時間と認められた事例です(アルデバラン事件、横浜地裁 令和3年2月18日判決)。この事案では、看護師が緊急呼び出し用の携帯電話を所持し、連絡があればただちに相当の対応をすることが義務づけられていました。外出自体は許されていたものの、緊急の際にはすぐに出動しなければならないため、行動できる範囲がおのずと限られていました。裁判所は、こうした実態のもとでは労働からの解放が保障されていたとはいえないとして、待機時間を労働時間と認めています。

もう一つは、オンコール待機が労働時間と認められなかった事例です(医療法人社団誠馨会事件、千葉地裁 令和5年2月22日判決)。これは病院の医師のオンコールが争われたものですが、当番時の対応を求められる頻度がさほど多くなく、実際の対応も比較的短時間であったことなどから、待機場所の制約や精神的な緊張はあるものの、労働からの解放が保障されていなかったとまではいえないと判断されました。ただし、この事例でも、実際に呼び出しを受けて対応した時間については、労働時間として認められています。

この二つの事例が示しているのは、オンコール待機が労働時間になるかどうかは、体制の実態を総合的に見て個別に判断されるということです。判断を左右する要素としては、呼び出しの頻度が高いか、連絡を受けてから出動するまでにどの程度の即応が求められるか、待機中の行動範囲や過ごし方にどれだけ制約があるか、応答しなかった場合に不利益があるか、といった点が挙げられます。呼び出しが頻繁で、常に即応を求められ、行動が強く制約されているほど、労働時間と評価されやすくなります。

したがって、オンコール手当を支給しているから労働時間の問題は生じない、と考えるのは早計です。待機の実態によっては、待機時間そのものが労働時間と評価され、割増賃金の対象になる可能性もあります。自事業所のオンコール体制が、どの程度の拘束を看護師に課しているのかを一度客観的に見直し、必要に応じて労働局や社会保険労務士に相談することを検討する価値があります。

こうした移動時間や待機時間の把握は、最終的に賃金計算に跳ね返ってきます。次章では、これらを見落とすことで生じる、最低賃金割れという思わぬリスクを取り上げます。

見落としがちな「最低賃金割れ」のリスク

ここまで見てきた移動時間や待機時間を労働時間として正しく把握することは、単に「その分の賃金を払う」という話にとどまりません。これらの時間の賃金設定を誤ると、事業所が意図しないうちに最低賃金法に違反してしまうという、より深刻な問題につながります。

まず前提として、労働時間である移動時間や待機時間に対して、サービス提供時間と同じ時給を支払うことまでが法律で義務づけられているわけではありません。厚生労働省の整理でも、サービス提供時間とそれ以外の時間の賃金水準は、最低賃金額を下回らない範囲で、労使の話し合いにより決定できるとされています。移動時間に対して、サービス提供時とは異なる単価を設けること自体は、適法な選択肢です。

問題は、その「異なる単価」をどこまで下げてよいか、という点にあります。ここで、多くの事業所が誤解しやすい落とし穴があります。

結論から言えば、時給制で働くヘルパーの場合、移動時間に設定した時給それ自体が、最低賃金額以上でなければなりません。サービス提供時間の高い時給と、移動時間の低い時給を合算して平均し、その平均が最低賃金を上回っていればよい、という考え方は通用しません。

たとえば、最低賃金が時給1,050円の地域(実際の地域別最低賃金は地域ごとに異なり、毎年改定されるため、必ず最新の公式情報で確認してください)で、サービス提供時間を時給1,500円、移動時間を時給900円と設定したとします。両方を働いた日の平均時給は1,050円を超えるかもしれません。しかし、それでも移動時間の「時給900円」という設定自体が、最低賃金1,050円を下回っているため、最低賃金法違反です。まして、移動時間を無給、つまり時給0円とする設定は、当然に違反となります。

この点は、最低賃金がどう判定されるかを正しく理解しておく必要があります。賃金が時給で定められている場合、最低賃金を満たしているかどうかは、その設定された時給を、そのまま最低賃金額と比較して判断されます(最低賃金法第4条、最低賃金法施行規則第2条)。サービス提供時間の時給、移動時間の時給、それぞれが個別に最低賃金以上でなければならない、ということです。

賃金の総額を総労働時間で割った平均額で判定するのは、賃金が月給制で定められている場合や、出来高払制・請負制の場合などです。時給制のヘルパーについて、この平均額の考え方をあてはめて「全体で見れば最低賃金を上回っているから問題ない」と判断してしまうと、移動時間の低い単価設定が見逃され、未払い賃金として差額請求を受けるリスクがあります。この誤解は、実務でとりわけ生じやすいものです。

したがって、移動時間や待機時間にサービス提供時と異なる単価を設定する場合は、その単価そのものが、適用される最低賃金額以上になっているかを、必ず個別に確認する必要があります。

さらに注意したいのが、地域別最低賃金が毎年改定されるという点です。多くの地域で秋ごろに引き上げられ、改定後の最低賃金は、雇い入れた時期にかかわらず、すべての従業員に適用されます。そのため、昨年は最低賃金を満たしていた移動時間の単価が、改定によって今年は下回ってしまう、ということが起こり得ます。移動時間や待機時間に個別の単価を設定している事業所は、最低賃金の改定があるたびに、それぞれの単価が新しい最低賃金を上回っているかを点検する必要があります。

こうしたリスクを避けるには、労働時間の把握と、各時間帯の賃金単価の設定を、就業規則や賃金規程の形で明確にし、定期的に見直すことが欠かせません。次章では、これまで見てきた内容を、規程にどう落とし込むかを整理します。

就業規則・賃金規程への落とし込み

ここまで見てきた移動時間・待機時間・オンコールの扱いは、最終的に就業規則や賃金規程という形で明文化しておくことが重要です。実態が伴っていなければ規程だけでは事業所を守れないことは先に述べたとおりですが、逆に、正しい実態を規程で裏づけておくことは、労使双方の認識のズレを防ぎ、労働基準監督署の調査にも耐えられる労務管理の土台になります。訪問系サービスの規程には、次の3点を盛り込んでおくことをおすすめします。

一つ目は、直行直帰の始業・終業時刻の定義です。どこからが労働時間かの認識のズレは、直行直帰で最も起こりやすいものです。これを防ぐため、始業・終業の時刻を客観的な基準で規定しておきます。たとえば、直行の場合は最初の訪問先でサービス提供を開始した時刻を始業とし、直帰の場合は最後の訪問先でサービス提供を終了した時刻を終業とする、といった形です。そのうえで、利用者宅間の移動が労働時間に含まれることも明記しておけば、一日の中で性質が切り替わる移動の扱いが明確になります。

二つ目は、移動時間や待機時間に別単価や定額の手当を設ける場合の、計算方法と精算ルールです。移動時間にサービス提供時とは異なる単価を設定したり、一回いくらの移動手当を定額で支給したりする場合は、その計算方法を賃金規程に明記する必要があります。とりわけ重要なのが、定額制を採用する場合の精算条項です。定額を支払っていても実際の移動時間がそれを上回れば差額の支払い義務が生じるため、「移動手当は一回あたり所定額を支給する。ただし、実際の移動時間に基づき算定した賃金額が所定額を上回る場合は、その差額を支払う」といった精算のルールを規程に定め、かつ実際に運用することが、賃金全額払いの原則に反しないための備えになります。あわせて、移動時間の単価そのものが最低賃金を満たしているかを確認する仕組みも用意しておく必要があります。

三つ目は、オンコール待機に関する手当の性質の明確化です。オンコール待機は体制の実態によって労働時間と評価されることがあります。手当を支給する場合は、それが待機そのものへの対価なのか、実際に呼び出しを受けて対応した時間への賃金なのかを規程上で切り分けておきます。たとえば、待機一回あたりの手当額を定めたうえで、現実に出動・対応した時間については別途、時間外手当等として計算・支給する、といった形です。

ここまで読んで、規程の整備は大がかりで難しそうだと感じた方もいるかもしれません。しかし、小規模の事業所であれば、まずは完璧な規程を目指すよりも、実際に守れるシンプルな運用から固めていくほうが現実的です。最初の一歩として取り組みやすいのは、移動時間と待機時間を含めて、従業員の労働時間を実際に記録する仕組みを作ることです。誰がいつどこへ移動し、どれだけ待機したかが記録として残っていれば、賃金計算の根拠になり、後々のトラブルの際にも事業所を守る材料になります。規程の細かな文言を整えるのは、その次の段階でかまいません。実態の把握と記録こそが、すべての出発点です。

もっとも、賃金規程の設計や、自事業所のオンコール体制が労働時間にあたるかどうかの判断は、個別の事情によって結論が変わる、専門的な領域です。判断に迷う場合は、管轄の労働局に相談したり、労務管理に詳しい社会保険労務士に確認したりすることを検討してみてください。

よくある質問

直行直帰の場合、労働時間はいつから始まりますか。

原則として、自宅から最初の利用者宅へ向かう移動は通勤時間にあたり、労働時間には含まれません。労働時間が始まるのは、最初の利用者宅でサービス提供を開始した時点からと考えるのが基本です。同様に、最後の利用者宅から自宅へ帰る移動も通勤にあたります。ただし、その日のうちに複数の利用者宅を回る場合、利用者宅から次の利用者宅への移動は労働時間です。「直行直帰だから移動はすべて無給」ではなく、利用者宅間の移動は賃金の対象になる点に注意が必要です。

移動手当を毎回支払っていれば、移動時間の賃金は別に払わなくてよいですか。

必ずしもそうとは限りません。一回いくらの移動手当を定額で支給すること自体は、合理的な根拠があれば認められます。しかし、実際の移動時間に基づいて計算した賃金額が、支給している定額を上回る場合には、その差額を追加で支払う義務があります。定額を払っているから精算は不要、という運用は、賃金全額払いの原則に反するおそれがあります。定額制を採用する場合は、実際の移動時間を記録し、必要に応じて差額を精算する仕組みをあわせて用意しておく必要があります。

訪問と訪問の間の空き時間は、休憩として無給にできますか。

その空き時間に、従業員が労働から解放され、自由に過ごせるのであれば、休憩時間として扱う余地があります。しかし、事業所や次の訪問先の近くで待機するよう指示されていたり、電話番を任されていたりして、自由にその場を離れられない状態であれば、それは休憩ではなく手待ち時間として、賃金の支払い対象になります。勤務表の上で休憩と記載していても、実態として拘束していれば、賃金の支払い義務が生じます。

利用者の都合で訪問がキャンセルになり、従業員を帰宅させた場合、賃金は発生しますか。

利用者都合のキャンセルによる休業は、原則として「使用者の責に帰すべき事由」による休業にあたり、平均賃金の6割以上の休業手当を支払う義務が生じます。事業所がこの支払義務を免れることができるのは、他の利用者宅での勤務など代替の業務を行わせる可能性を十分に検討し、最善の努力を尽くしたと認められる場合に限られます。「利用者の都合だから事業所に責任はない」と考えて、当然に無給で帰宅させてよいわけではありません。

サービス提供時間の時給を高く設定していれば、最低賃金は問題ありませんか。

サービス提供時間の時給だけを見て判断することはできません。時給制の場合、サービス提供時間の時給とは別に移動時間や待機時間の時給を設定するときは、その一つひとつの時給が、それぞれ最低賃金額以上でなければなりません。サービス提供時間の時給が高くても、移動時間の時給を最低賃金より低く設定したり、無給にしたりすることは認められず、最低賃金法違反となります。高い時給と低い時給を平均してクリアさせる、という考え方は通用しない点に注意が必要です。

まとめ

訪問介護・訪問看護の労働時間を考えるうえで、出発点になるのは、介護報酬や医療保険の「算定時間」と、労働基準法の「労働時間」は別の物差しで決まるという理解です。事業所の売上にならない時間であっても、従業員が事業所の指示で拘束されているのなら、それは賃金を支払うべき労働時間です。

そして、労働時間にあたるかどうかは、就業規則や雇用契約にどう書いてあるかではなく、実態として使用者の指揮命令下にあるか、労働者が自由に使える時間かによって、客観的に決まります。移動時間、待機時間、直行直帰の線引き、オンコール待機。いずれも、この「指揮命令下にあるか、自由に使えるか」という一つの基準に立ち返れば、判断の筋道が見えてきます。これらを正しく把握せずに賃金を計算していると、未払い賃金や、思わぬ最低賃金割れといったリスクにつながります。

関連して、介護事業所の労務管理体制の整え方や、小規模事業所の就業規則については、以下の記事もあわせてご覧ください。

もっとも、この記事で扱った制度や取扱いは、法改正や通達の見直しによって変わることがあります。地域別最低賃金のように毎年改定されるものもあります。実際の対応にあたっては、厚生労働省や都道府県労働局の公表する最新の情報を確認してください。そして、自事業所の移動時間の扱いや、オンコール体制が労働時間にあたるかどうかなど、個別の判断に迷う場合には、管轄の労働局に相談したり、労務管理に詳しい社会保険労務士など専門家に確認したりすることをおすすめします。実態を正しく把握し、それにもとづいた労務管理を整えることが、事業所と従業員の双方を守る土台になります。

参考資料(一次情報)

※本記事の内容は、公開時点で確認できる情報にもとづいて作成しています。制度・支給要件・最低賃金額等は改定されることがあるため、実際の対応にあたっては一次情報で最新の内容をご確認ください。

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この記事を書いた人

兵庫県川西市の川西隆之社労士事務所
クラウドツールを活用した労務のデジタル化を得意としています

税理士事務所勤務平成22年3月~平成31年1月
社労士業補助平成22年3月~平成28年8月
社労士登録平成28年9月~
1984年3月9日生まれ。
兵庫(但馬)産まれ兵庫(但馬)育ち。川西市在住。
一人の妻と3人の子どもたち。

2005年社労士試験合格
2016年開業登録(岐阜県)
→2020年より兵庫県川西市にて開業

以下の事項に力を入れています。
・クラウド勤怠管理・給与計算を利用した勤怠管理・給与計算の効率化
→給与計算に必要な時間の圧倒的な削減

・クラウド労務管理を導入することで、法定帳簿の管理・社会保険手続きの効率化
→代行することなく自社での管理・申請が容易に可能

・適切な労務管理を行うことによる、労使トラブルの防止
→疑問点があれば、その都度の相談可能

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