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介護事業所のカスハラ対策。就業規則・規程・相談体制の整え方

これまでの3回で、カスハラ対策の全体像をお伝えしてきました。

第1回では2026年10月の義務化と、放置がもたらす経営リスクを。第2回では「何がカスハラか」の見極め方を。第3回では、カスハラと判断したあとのサービス提供拒否や契約解除の進め方を扱いました。

シリーズ最終回となる本記事のテーマは、「では、施行日までに自分の事業所で何を整えればよいのか」です。義務化は2026年10月1日。残された時間は、決して多くありません。

第1回でお伝えしたとおり、事業主に求められる措置は、大きく4つの柱に整理できます。本記事では、その4本柱を、就業規則やカスハラ対応規程、相談体制、職員研修といった、現場で実際に取り組む具体的な形に落とし込んでいきます。

「何から手をつければよいか分からない」という事業所でも進められるよう、小規模な事業所でも現実的にできる最低限から示していきます。

目次

まず「方針」を定めて周知する

措置義務の4本柱の最初は、「方針の明確化と周知」です。地味に見えますが、これがすべての出発点になります。方針が定まっていなければ、現場の職員は何を基準に動けばよいか分からず、対応が人によってバラバラになってしまいます。

「職員を守る」という方針を明文化する

最初にすべきは、事業所としての基本方針を、経営者・管理者がはっきりと文書にすることです。「当事業所は、利用者やご家族からのハラスメントに対しても、組織として毅然と対応し、職員を守る」。この姿勢を明文化します。

口頭の心がけだけでは不十分です。文書として残し、組織の方針として掲げることで、初めて現場が安心して動けるようになります。

職員に周知する

定めた方針は、全職員に伝わって初めて意味を持ちます。就業規則への記載に加え、社内の掲示や朝礼、研修などを通じて、繰り返し共有します。

ここで重要なのは、職員が「何かあっても、会社は自分を守ってくれる」と理解できることです。この安心感があってこそ、職員は被害を一人で抱え込まず、早い段階で相談・報告できるようになります。方針の周知は、次の柱である相談体制を機能させる土台でもあります。

利用者・家族にも事前に伝える(介護特有の実務)

そしてもう一つ、介護現場で特に効果的なのが、この方針を利用者やご家族にも事前に伝えておくことです。

具体的には、重要事項説明書や契約書への記載、事業所内・施設内への掲示といった方法があります。サービスの開始時などに、「職員も利用者も、互いに尊重される環境でサービスを続けるためのお願い」として、あらかじめ方針を共有しておくのです。

ポイントは、利用者やご家族を敵視するようなトーンにしないことです。「迷惑行為は許しません」と一方的に突きつけるのではなく、「気持ちよくサービスを継続するために、ご協力をお願いします」という枠組みで、角を立てずに、しかし明確に伝える。この事前の周知が、トラブルそのものを未然に防ぐ予防策になります。

就業規則とカスハラ対応規程を整える

方針を定めたら、次はそれを「ルール」として具体的な形に落とし込みます。ここが、社会保険労務士の専門性が最も発揮される領域です。やるべきことは大きく二つ。就業規則への規定追加と、カスハラ対応規程・マニュアルの作成です。

就業規則に「根拠」を置く

まず、就業規則にカスハラ対応と職員保護に関する規定を追加します。

なぜ就業規則なのか。それは、職員を守るための措置、行為者への対応、そして職員が被害を報告・相談する際の協力といった一連の動きに、正式な「根拠」を与えるためです。方針の掲示や口頭の指示だけでは、いざというときに「ルールとして決まっていたこと」と示せません。就業規則という労働条件の根幹に位置づけることで、対応に実効性と一貫性が生まれます。

カスハラ対応規程・マニュアルをつくる

就業規則が「根拠」だとすれば、カスハラ対応規程・マニュアルは「具体的な動き方」を定める文書です。次のような内容を盛り込みます。

ひとつは、カスハラの定義と判断基準です。ここに、第2回で示した「内容と手段、そして反復継続性」で見極める考え方を反映させます。

ふたつめは、発生時の対応手順。初動、記録の取り方、誰に報告するかという報告ルート、役割分担を定めます。

みっつめは、エスカレーションと外部連携。現場の管理者から経営者へ、さらに必要に応じて社労士などの専門家、警察、自治体へとつなぐ流れです。

よっつめが、行為者への対応方針です。警告や利用の制限、そして第3回で扱ったサービス提供拒否・契約解除の判断と手順を、ここに組み込んでおきます。最後に、被害を受けた職員の保護とケアの方針です。

「判断基準を規程に落とす」ことの意味

この作業の本質は、第2回で身につけた「見極め」を、その場の感覚ではなく、規程に明文化された基準として組織で共有することにあります。これによって、三つの効果が生まれます。

ひとつ、対応する職員によって判断がブレなくなります。

ふたつ、職員個人に判断や対応を背負わせず、組織として動けるようになります。

みっつ、これがもっとも重要ですが、規程に沿って適切に対応した記録は、第1回で触れた安全配慮義務を果たしたことの証跡となり、万一の労災や法的な場面で事業所を守る根拠になります。

ただし、規程は雛形をそのまま貼り付ければよいものではありません。事業所の規模やサービス種別、実態に合わせて調整しないと、現場で使えない「飾り」になってしまいます。施設に合った形に落とし込む段階こそ、社労士など専門家の知見が活きるところです。

相談体制をつくる——小規模でも回る形に

措置義務の2つめの柱は、「相談体制の整備」です。どれだけ立派な方針を掲げても、職員が困ったときに相談できる場がなければ、対策は機能しません。

相談窓口を設けて、周知する

まず、相談を受け付ける窓口を設け、それを全職員に周知します。「誰が」「どこで」相談を受けるのかを、はっきりさせておくことが大切です。

ここで一つ重要なポイントがあります。窓口は、「明らかにカスハラだ」という深刻な事案だけでなく、「これはカスハラなのか、判断が難しい」という微妙な相談も、広く受け付ける姿勢にすることです。第2回でお伝えしたとおり、見極めは個人の主観で行うのではなく、組織で判断するのが原則でした。相談窓口は、まさにその「組織で判断する」を機能させるための入口です。グレーな段階で早めに拾えるかどうかが、深刻化を防ぐ分かれ目になります。

小規模・一人事業所でも回る形にする

「専任の相談担当者を置く余裕などない」

多くの小規模事業所が、そう感じるはずです。たしかに、大きな組織と同じ体制は組めません。しかし、「小規模だからできない」のではなく、「小規模なりの形」を作ればよいのです。

現実的な選択肢はいくつかあります。

ひとつは、管理者が窓口を兼任する方法です。ただし、トラブルの当事者が管理者本人であるケースでは相談しにくくなるため、その場合に備えた別ルートも考えておくと安心です。

もうひとつが、外部の力を借りる方法です。社会保険労務士などの専門家を外部の相談窓口として活用したり、自治体や労働局が設けている相談窓口を職員に案内したりする形です。複数の事業所を運営している法人なら、本部に相談機能を集約する手もあります。

外部に委託・連携するのは、決して「手抜き」ではなく、限られた体制で職員を守るための正当な選択です。

プライバシー保護と「相談したら不利益」を防ぐ

相談体制と必ずセットで整えるべきなのが、4つめの柱、プライバシーの保護と不利益取扱いの禁止です。(※なお、措置義務の3つめの柱である「事後の対応」については次項で解説します)

具体的には、相談した職員や関係者のプライバシーを守るため、相談で得た情報の取り扱いや共有の範囲をあらかじめ定めておきます。そして、相談したことや事実確認に協力したことを理由に、解雇や降格、嫌がらせといった不利益な扱いを一切しない、と明確にします。

これが欠けていると、職員は「相談したら、自分が不利になるかもしれない」と恐れて口をつぐみ、せっかくの窓口が形だけのものになってしまいます。安心して相談できる環境づくりまでが、相談体制の整備に含まれるのです。

事後対応と職員のケアを仕組みにする

3つめの柱は、「事後の迅速かつ適切な対応」です。相談が寄せられたとき、あるいは事案が起きたときに、その場しのぎではなく、決まった流れで動けるよう「仕組み」にしておきます。

実際に起こったら、まず事実確認と記録

事案が発生したら、最初にすべきは事実関係の確認です。何が、いつ、どこで、どのように起きたのか。第2回でお伝えした5W1Hの記録を、ここでも徹底します。この記録が、その後の判断や対応の土台になり、同時に、事業所が適切に対応したことを示す証跡にもなります。

被害を受けた職員を守る

事後対応で最優先すべきは、被害を受けた職員を守ることです。

具体的には、行為者との引き離し、担当の変更や配置の調整、そして心のケアです。ここで組織が示すべきメッセージは、「あなたは悪くない」「一人で抱えなくていい」ということです。職員を孤立させないこと自体が、もっとも重要な対応です。

行為者への対応——あらかじめ定めた方針に沿って

行為者に対しては、第2章で整えた規程に基づいて対応します。警告、利用の制限、そして第3回で扱ったサービス提供拒否や契約解除の判断へとつなげます。

ここでの要点は、その場の感情で動かないことです。あらかじめ定めた方針と手順に沿って淡々と対応することが、対応の適法性と一貫性を担保し、結果的に職員も事業所も守ります。

メンタルヘルスケアと再発防止

対応はその場で終わりではありません。被害を受けた職員のメンタルヘルスケアも、仕組みとして用意しておきます。産業医や外部の相談窓口、必要に応じて専門機関につなげる道筋を整えておくことが大切です。

そして、再発防止です。起きた事案を振り返り、ケアの方法や体制、あるいは誘因に見直すべき点がなかったかを確認し、次に活かします。一つひとつの事案を個別の対応で終わらせず、記録をもとに仕組みへ反映していく。この積み重ねが、事業所全体の対応力を高めていきます。

研修と、施行日までの進め方

方針を定め、規程を整え、相談体制を作る。ここまで来たら、最後の仕上げは、それらを職員に浸透させることと、施行日までの段取りをつけることです。

研修で「使えるもの」にする

どれだけ立派な規程や窓口を用意しても、職員がその存在や使い方を知らなければ、いざというときに機能しません。そこで欠かせないのが研修です。

研修では、そもそもカスハラとは何か(第2回でお伝えした見極めの考え方)、困ったときの相談の流れ、発生時の対応手順を共有します。一度説明して終わりではなく、定期的に繰り返すことで定着します。特に管理職には、相談を受け、判断し、対応する立場としての研修もしておくと、現場が安心して動けるようになります。

施行日までのロードマップ

義務化の施行日は2026年10月1日です。残りの期間で進めるなら、おおよそ次の順序が現実的です。

方針を定める(経営者による明文化)

就業規則とカスハラ対応規程を整える(ルールの整備)

相談窓口を設ける(小規模なら外部活用も検討)

利用者・ご家族へ周知する(重要事項説明書などへの記載)

研修で職員へ浸透させる

大切なのは、完璧を目指して立ち止まるよりも、今あるものから着手し、優先順位をつけて、まず最低限の形を回し始めることです。整えながら改善していけば十分間に合います。

使える公的支援にも目を向ける

最後に、付け加えておきます。自治体によっては、カスハラ対策に取り組む事業者を後押しする支援制度(奨励金など)を設けている場合があります。たとえば東京都などで、こうした取り組みが見られます。お住まいの地域にこうした制度がないか確認しておくと、体制づくりの一助になるかもしれません。

まとめ——義務化を、職員を守る仕組みづくりの機会に

第4回では、義務化までに何を整えればよいかを、具体的な実務に落とし込んできました。要点を3つに整理します。

第4回の3つのポイント

ひとつめ。事業主に求められる措置の4本柱(方針の明確化、相談体制、事後対応、プライバシー保護と不利益取扱いの禁止)を、就業規則・カスハラ対応規程・相談窓口・研修という、具体的な形に落とし込むことです。

ふたつめ。小規模な事業所でも、外部の専門家や自治体の力を借りながら、「自院なりの形」で整えられます。「できない」とあきらめるのではなく、優先順位をつけて着手することが大切です。

みっつめ。施行日の2026年10月1日まで、時間は限られています。完璧を待つのではなく、方針 → 規程 → 窓口 → 周知 → 研修の順で、今日から第一歩を踏み出してください。

シリーズを振り返って

全4回を通して、私たちは一つの道筋をたどってきました。第1回で「なぜ対策が必要か」(義務化と経営リスク)を、第2回で「何がカスハラか」(見極め)を、第3回で「カスハラと判断したらどう対応するか」(提供拒否・契約解除)を、そして第4回で「事業所として何を整えるか」(体制づくり)を見てきました。

この義務化は、事業所にとって負担に感じられるかもしれません。しかし見方を変えれば、これまで職員に我慢させてきた問題に、組織として向き合い、「職員を守る仕組み」をつくる機会でもあります。

当事務所のサポートについて

当事務所は、医業・社会福祉に特化した社会保険労務士事務所として、カスハラ対応規程の整備、就業規則の見直し、相談体制の構築、職員研修まで、義務化対応を一貫してお手伝いできます。「何から手をつければよいか」という段階からでも構いません。お気軽にご相談ください。

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この記事を書いた人

兵庫県川西市の川西隆之社労士事務所
クラウドツールを活用した労務のデジタル化を得意としています

税理士事務所勤務平成22年3月~平成31年1月
社労士業補助平成22年3月~平成28年8月
社労士登録平成28年9月~
1984年3月9日生まれ。
兵庫(但馬)産まれ兵庫(但馬)育ち。川西市在住。
一人の妻と3人の子どもたち。

2005年社労士試験合格
2016年開業登録(岐阜県)
→2020年より兵庫県川西市にて開業

以下の事項に力を入れています。
・クラウド勤怠管理・給与計算を利用した勤怠管理・給与計算の効率化
→給与計算に必要な時間の圧倒的な削減

・クラウド労務管理を導入することで、法定帳簿の管理・社会保険手続きの効率化
→代行することなく自社での管理・申請が容易に可能

・適切な労務管理を行うことによる、労使トラブルの防止
→疑問点があれば、その都度の相談可能

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