1か月単位の変形労働時間制を導入すると、残業代の計算方法が変わります。1日8時間を超えたら残業、という単純な数え方ではなくなるためです。
時間外労働は、日ごと・週ごと・変形期間ごとの3段階で判定します。そして後の段階では、前の段階で数えた時間を差し引きます。この引き算を忘れると、同じ労働時間に二度、割増賃金を払うことになります。
この記事では、実際のクリニックに近い勤務表を1つ置いて、1か月分の残業代を最初から最後まで数えてみます。読みながら自院の勤務表に当てはめられるよう、途中で条件は変えません。
なお、変形労働時間制が自院に必要かどうかの判断については、クリニックに変形労働時間制は必要か|1日8時間で決まる要否で扱っています。

この記事で使うモデルと、計算の前に決めておくこと
この記事で使うモデル
| 曜日 | 診療・勤務 | 所定労働時間 |
|---|---|---|
| 月・火・水・金 | 8:45〜19:15(休憩1時間45分) | 8時間45分 |
| 木 | 休診 | — |
| 土 | 8:45〜13:30 | 4時間45分 |
| 日 | 休診 | — |
| 週の合計 | 39時間45分 |
診療は午前9時から午後1時、午後3時から午後7時。診療前の準備と診療後の片付けを含めて、平日の所定を8時間45分としています。
対象月は2026年11月(30日)、変形期間の起算日は11月1日です。この月の所定労働時間の合計は167時間45分になります。
なお、このモデルでは祝日を考慮していません。祝日を休診にするクリニックでは所定労働時間が減り、後述する総枠に余裕が生まれます。
起算日は、給与の締め日と揃える
変形期間の起算日は、就業規則などで定めておく必要があります(労働基準法施行規則第12条の2第1項)。
法律上、起算日を給与計算期間と一致させる義務はありません。しかし実務上は、月末締めなら起算日を1日にするなど、両者を揃えておくことを強くお勧めします。
理由は計算の実務にあります。後で見るとおり、変形労働時間制では変形期間全体を通して初めて確定する判定があります。起算日が毎月1日で給与締日が15日という状態だと、給与を締める時点でその月の変形期間が終わっていないため、その月の残業代を確定できません。毎月、翌月に持ち越して精算する処理が発生します。
すでにズレている場合は、就業規則を変更してでも揃えることをお勧めします。計算を複雑にする要因を、最初から一つ減らせます。
週の区切りも、起算日に合わせておく
労働基準法上、1週間とは、就業規則その他に別段の定めがない限り日曜日から土曜日までの暦週を指すとされています(昭和63年1月1日基発第1号)。
裏を返せば、就業規則で定めれば、週の起算日を変えることができます。「1週間は変形期間の起算日から起算する7日間とする」と定めておけば、週の区切りが変形期間に同期します。
これをしておくと、変形期間の初日や末日が週の途中に来て、その週をどう扱うか迷う場面が生じません。週の起算日をどこに置くかで、週ごとの残業時間の集計結果は変わります。定めていないクリニックは、この機会に明記しておくことをお勧めします。
このモデルでは11月1日が日曜のため、暦週と一致します。週の区切りは次のとおりです。
- 第1週:11月1日〜7日
- 第2週:11月8日〜14日
- 第3週:11月15日〜21日
- 第4週:11月22日〜28日
- 第5週:11月29日〜30日(2日間)
最後の週が2日しかない点は、後で効いてきます。
対象は常勤職員に限る
変形労働時間制は、パートタイム職員に適用することもできます。ただし当事務所では、クリニックでは対象を常勤職員に限ることをお勧めしています。
パートの所定労働時間は、もともと1日8時間・週40時間の枠に収まっていることがほとんどです。変形労働時間制を適用しても得られるものが乏しい一方、日ごとに所定労働時間が変わる職員が増え、計算する対象が増えるだけになります。
対象を限定する場合は、就業規則にその範囲を明記します。「本条の規定は常勤職員に適用し、パートタイム職員については適用しない」といった形です。就業規則そのものの整備については、クリニックに就業規則は必要か?10人未満でも整備すべき理由で扱っています。
「所定」と「法定」を区別する
計算に入る前に、用語を一つ確認します。この区別が曖昧なままだと、以降の計算がすべて狂います。
- 所定労働時間|そのクリニックが決めた労働時間。このモデルでは平日8時間45分、土曜4時間45分
- 法定労働時間|労働基準法が定めた上限。原則は1日8時間・1週40時間
変形労働時間制では、この二つが日によって食い違います。平日は所定8時間45分に対して法定8時間、土曜は所定4時間45分に対して法定8時間。どちらが基準になるかは日によって変わります。
そして残業には2種類あります。
- 所定を超えたが、法定は超えていない時間|割増賃金は不要。ただし賃金の支払いは必要
- 法定を超えた時間|25%以上の割増賃金が必要
「変形労働時間制だから残業代はかからない」という理解は、この区別を落としています。詳しくは後の章で扱います。
準備は以上です。次から実際に数えていきます。
①日ごとに数える
最初の段階は、日ごとの判定です。
通常の労働時間制なら「8時間を超えたら残業」で済みます。しかし変形労働時間制では、日によって所定労働時間が違います。そのため、判定の基準も日によって変わります。
基準は「その日の所定」と「8時間」の長いほう
行政の資料では、日ごとの時間外労働をこう説明しています。8時間を超える時間を定めた日はその時間、それ以外の日は8時間を超えて労働した時間が、時間外労働になります(静岡労働局「1か月単位の変形労働時間制」)。
言い換えると、その日の基準は次のように決まります。
- 所定を8時間より長く定めた日 → その所定労働時間が基準
- それ以外の日 → 8時間が基準
モデルに当てはめます。
| 曜日 | 所定 | 判定の基準 |
|---|---|---|
| 月・火・水・金 | 8時間45分 | 8時間45分(所定が8時間を超えるため) |
| 土 | 4時間45分 | 8時間(所定が8時間以内のため) |
ここが最初のつまずきどころです。土曜の基準は4時間45分ではありません。所定を超えた時間がそのまま時間外になるわけではない、という点に注意してください。

モデルで数えてみる
2026年11月の実際の勤務を見ていきます。この月は、レセプト業務が月初に集中し、次のように残業が発生したとします。
| 日付 | 曜日 | 所定 | 実労働 | 内容 |
|---|---|---|---|---|
| 11月2日 | 月 | 8時間45分 | 9時間45分 | レセプト作業で1時間 |
| 11月4日 | 水 | 8時間45分 | 9時間45分 | 同 |
| 11月6日 | 金 | 8時間45分 | 9時間45分 | 同 |
| 11月7日 | 土 | 4時間45分 | 7時間45分 | 午後にレセプト作業3時間 |
| 11月9日 | 月 | 8時間45分 | 9時間45分 | 同 |
| 11月10日 | 火 | 8時間45分 | 9時間45分 | 同 |
これを、基準と突き合わせます。
| 日付 | 実労働 | 基準 | ①の時間外 |
|---|---|---|---|
| 11月2日(月) | 9時間45分 | 8時間45分 | 1時間00分 |
| 11月4日(水) | 9時間45分 | 8時間45分 | 1時間00分 |
| 11月6日(金) | 9時間45分 | 8時間45分 | 1時間00分 |
| 11月7日(土) | 7時間45分 | 8時間00分 | 0時間00分 |
| 11月9日(月) | 9時間45分 | 8時間45分 | 1時間00分 |
| 11月10日(火) | 9時間45分 | 8時間45分 | 1時間00分 |
| ①の合計 | 5時間00分 | ||
土曜日に注目してください
11月7日の土曜は、所定4時間45分に対して3時間の残業をしています。所定を3時間超えているのに、①の時間外は0分です。
基準が8時間だからです。実労働7時間45分は、8時間に15分足りません。
これを「残業3時間」として①で計上してしまうと、この後の計算がすべて狂います。逆に「①で0分だから何もなかった」と扱うのも誤りです。この3時間は消えたのではなく、次の段階に持ち越されます。
所定を超えた3時間をどう扱うかは、週ごと・月ごとの判定を終えてから確定します。この時点では、①では時間外にならなかった、というところまでを押さえてください。
手順としてまとめると
- その日の所定労働時間を確認する
- 所定と8時間を比べ、長いほうを基準にする
- 実労働時間から基準を引く。マイナスなら0
- 全日について繰り返し、合計する
このモデルでの①は、5時間00分でした。ここで数えた5時間は、次の週ごとの判定で差し引く対象になります。忘れないよう控えておいてください。
②週ごとに数える
次は週単位の判定です。ここで、前章で保留にした土曜の3時間の行方が決まります。
基準は「週の所定」と「40時間」の長いほう
考え方は日ごとと同じ構造です。行政の資料では、1週間について、40時間(特例措置対象事業場は44時間)を超える時間を定めた週はその時間、それ以外の週は40時間を超えて労働した時間が時間外労働になるとされています。
そして重要な条件が付きます。①で時間外労働となる時間を除く、と明記されています。
モデルの週の所定は39時間45分です。40時間を超えていないため、基準は40時間になります。
第1週(11月1日〜7日)を計算する
| 日付 | 曜日 | 実労働 |
|---|---|---|
| 11月1日 | 日 | 休診 |
| 11月2日 | 月 | 9時間45分 |
| 11月3日 | 火 | 8時間45分 |
| 11月4日 | 水 | 9時間45分 |
| 11月5日 | 木 | 休診 |
| 11月6日 | 金 | 9時間45分 |
| 11月7日 | 土 | 7時間45分 |
| 週の合計 | 45時間45分 | |
ここから計算します。
- 週の実労働 45時間45分 − 基準 40時間00分 = 5時間45分
- この週の①(11月2日・4日・6日の各1時間) = 3時間00分
- 5時間45分 − 3時間00分 = ②の時間外 2時間45分
この引き算が、実務で最も間違えやすい箇所です。
引き忘れると、二重に計上します
もし手順2〜3を飛ばし、差をそのまま②として計上するとどうなるか。第1週は5時間45分、第2週は1時間45分となり、②の合計は7時間30分。①の5時間と合わせて12時間30分になります。
しかし正しくは、①5時間+②2時間45分で7時間45分です。
差の4時間45分は、日でも週でも二重に数えた分です。同じ労働時間に2回、割増賃金を払っていることになります。
なお、この誤りは職員に不利益を与えるものではありません。過大に支払う方向の誤りです。ただし人件費が実態より膨らみ、それが毎月続きます。

土曜の3時間はどうなったか
前章で保留にした、11月7日(土)の所定超過3時間を追いかけます。
この3時間は、①では時間外になりませんでした。しかし週の合計を45時間45分に押し上げ、②の2時間45分として計上されています。
- 2時間45分|②で時間外となり、割増賃金の対象
- 15分|どの段階でも時間外にならず、割増賃金の対象外
残った15分の扱いは、後の章で整理します。
他の週も同じ手順で
| 週 | 週の実労働 | 基準 | 差 | ①で計上済 | ② |
|---|---|---|---|---|---|
| 11月1日〜7日 | 45時間45分 | 40時間00分 | 5時間45分 | 3時間00分 | 2時間45分 |
| 11月8日〜14日 | 41時間45分 | 40時間00分 | 1時間45分 | 2時間00分 | 0時間00分 |
| 11月15日〜21日 | 39時間45分 | 40時間00分 | 0 | 0 | 0時間00分 |
| 11月22日〜28日 | 39時間45分 | 40時間00分 | 0 | 0 | 0時間00分 |
| 11月29日〜30日 | 8時間45分 | — | — | — | — |
| ②の合計 | 2時間45分 | ||||
第2週に注目してください。実労働が40時間を1時間45分超えていますが、①で2時間を計上済みのため、②はマイナスにならず0です。引いた結果がマイナスになる場合は、0として扱います。
最後の2日間は、週として数えません
11月29日〜30日は2日間しかなく、1週間になりません。起算日から7日ずつ区切っていくと、変形期間の最後にこうした端数が出ます。
この2日間について、週の枠をどう考えるかは判断が分かれるところです。7日に満たない期間に40時間をそのまま当てはめるべきか、日数に応じて按分すべきか、公的な取り扱いは確認できません。
ただし実務上は、この端数の日数について②の判定は行わず、実労働時間を③の月ごとの判定に回す扱いが一般的です。端数の期間だけで週の枠を超えることは通常なく、③で必ず拾われるためです。このモデルでも、2日間の実労働は8時間45分にとどまります。
②の合計は2時間45分でした。①の5時間と合わせて、ここまでで7時間45分。この数字は、次の月ごとの判定で差し引きます。
③月ごとに数える
最後は変形期間全体の判定です。
総枠を確認する
まず、その月に働かせることのできる上限を計算します。これを法定労働時間の総枠といいます。計算式は「週の法定労働時間 × 変形期間の暦日数 ÷ 7」です。
| 暦日数 | 週40時間の場合 | 週44時間の場合 |
|---|---|---|
| 28日 | 160時間00分 | 176時間00分 |
| 29日 | 165時間42分 | 182時間17分 |
| 30日 | 171時間25分 | 188時間34分 |
| 31日 | 177時間08分 | 194時間51分 |
行政の資料では177.1時間のように小数で示されることもあります。同じ数値です。2026年11月は30日なので、総枠は171時間25分です。
実労働時間の合計を出す
- 所定労働時間の合計:167時間45分
- 残業(11月2日・4日・6日・9日・10日の各1時間、11月7日の3時間):8時間00分
- 実労働時間の合計:175時間45分
計算する
日ごと・週ごとと同じ構造です。総枠を超えた時間から、①と②で数えた分を除きます。
- 実労働 175時間45分 − 総枠 171時間25分 = 4時間20分
- ①の合計 5時間00分 + ②の合計 2時間45分 = 7時間45分
- 4時間20分 − 7時間45分 = マイナス → ③は0時間00分
割増賃金の対象は7時間45分
| 段階 | 時間外 |
|---|---|
| ①日ごと | 5時間00分 |
| ②週ごと | 2時間45分 |
| ③月ごと | 0時間00分 |
| 合計 | 7時間45分 |
この7時間45分が、25%以上の割増賃金の対象です。
なお、所定労働時間の合計167時間45分に対し、実労働は175時間45分。差は8時間00分です。割増の対象になったのは7時間45分なので、15分が残ります。この15分の扱いは次章で整理します。
③はめったに出ません
ここで、実務上知っておくと役に立つことがあります。③で時間外が出ることは、実際にはあまりありません。
理由は構造にあります。②の判定を週ごとに行うと、基準の40時間を5週分積み上げることになり、200時間になります。一方、月の総枠は171時間25分です。②の段階で先に拾われてしまい、③まで残らないのです。
このモデルに限った話ではなく、週の所定を40時間以内で組んでいる限り、同じことが起きます。ただし、③を省略してよいという意味ではありません。次のような場合には③で時間外が出ます。
- 週の所定を40時間より長く定めた週がある場合(その週の基準が40時間ではなく所定になり、②で拾われる量が減るため)
- 変形期間の途中で入退職があった場合
自院の勤務表が前者に当てはまるなら、③まで必ず確認してください。
では、総枠は何のためにあるのか
③でめったに時間外が出ないなら、総枠を計算する意味はどこにあるのか。
総枠が効いてくるのは、残業代を計算するときではありません。シフトを組むときです。ここは記事の後半で改めて扱います。順序としては、まず残りの15分を片づけます。
割増が要らない残業がある
前章で15分が残りました。これを片づけます。
所定は超えたが、法定は超えていない時間
残業には2種類あります。
- 法定外残業|法定労働時間を超えた時間。25%以上の割増賃金が必要(労働基準法第37条)
- 法定内残業|所定労働時間は超えたが、法定労働時間は超えていない時間。割増賃金は不要
3段階の判定で拾ってきた7時間45分は、すべて法定外残業です。一方、所定を超えた合計8時間00分との差である15分は、法定内残業にあたります。
この15分は、11月7日(土)に発生したものです。所定4時間45分の日に7時間45分働いたため、所定を3時間超えました。このうち2時間45分は週ごとの判定で法定外残業となりましたが、残る15分はどの段階でも法定労働時間を超えなかったということです。
割増は不要。ただし賃金は必要
ここが実務で誤解の多いところです。割増賃金が不要であることと、賃金を払わなくてよいことは別です。
法定内残業には、通常の賃金(1.0倍)の支払いが必要です。行政解釈でも、所定労働時間が7時間の事業場で8時間まで働かせた場合、割増賃金は不要だが時間割賃金は当然に支払うべきものとされています(昭和23年11月4日基発第1592号)。
賃金は全額を支払わなければならないとされており(労働基準法第24条)、就業規則で「法定内残業には賃金を支給しない」と定めても、その定めは効力を持ちません。
「変形労働時間制だから残業代はかからない」という理解のまま運用していると、この部分が毎月積み上がります。
月給制でも計算が必要です
常勤職員が月給制の場合でも、法定内残業には追加の支払いが必要です。月給には所定労働時間分の労働に対する賃金が含まれているだけで、それを超えた時間分は含まれていないためです。
支払額は、月給を1か月平均所定労働時間で割った1時間あたりの単価に、法定内残業の時間数を掛けて算出します。
このモデルなら、15分に相当する額です。金額としては小さく見えますが、職員数を掛け、12か月を掛ければ相応の額になります。そして未払い賃金には時効があり、遡って請求される可能性があります。
賃金の払い方そのものを見直す場合は、クリニックの固定残業代、やめるには。廃止の手順と不利益変更の実務もあわせてご覧ください。
クリニックで起きやすい場面
法定内残業は、所定労働時間が8時間より短い日に発生します。クリニックでは次のような日が該当します。
- 土曜の午前診療のみの日
- 午後休診の日
- 半日勤務の日
いずれもクリニックに一般的な勤務です。変形労働時間制を導入しているクリニックでは、法定内残業は例外ではなく日常的に生じます。
3段階の判定だけを追いかけていると、この部分が抜け落ちます。所定を超えた時間の合計と、割増対象になった時間の合計を突き合わせ、差が出たらそれが法定内残業だと考えてください。
計算する前に——そのシフトは有効ですか
ここまで、残業代の数え方を見てきました。しかし、この計算には前提があります。変形労働時間制が有効に成立していることです。
成立していなければ、ここまでの計算はすべて無意味になります。原則の労働時間制に戻り、1日8時間・週40時間を基準に計算し直すことになるためです。
「組んだ時点の超過」と「実際の超過」は別物
| 内容 | 効果 | |
|---|---|---|
| 実労働が総枠を超えた | シフトは枠内。突発的な残業で超過 | 超過分に割増賃金を払えばよい |
| 所定が総枠を超えていた | シフトを組んだ時点で超過 | その月の変形労働時間制が無効 |
前者は、これまで見てきた③の判定そのものです。適法な運用の範囲内です。
後者は違います。1か月単位の変形労働時間制は、1か月以内の期間を平均して1週間あたりの労働時間が法定労働時間を超えない定めをした場合に認められるものです(労働基準法第32条の2第1項)。あらかじめ定めた所定労働時間の合計が総枠を超えているなら、この要件を満たしていません。制度として成立しないため、その月は原則に戻ります。
裁判でもこの判断が示されています。長崎地方裁判所は令和3年2月26日の判決で、就業規則に1か月単位の変形労働時間制の定めがあった事業場について、稼働計画表で設定された1か月の所定労働時間が総枠を上回っていたことから、1か月を平均して1週間あたり40時間以内でなければならないという法の定めを満たさないとして、変形労働時間制は適用されないと判断しました(判例時報2513号63頁)。
影響は、その月の全職員に及びます
無効になった場合の計算はこうなります。
- 1日8時間を超えた分 → すべて時間外労働
- 週40時間を超えた分 → すべて時間外労働
モデルの平日は所定8時間45分です。無効になれば、残業をしていない日でも毎日45分の時間外労働が発生します。平日17日分で12時間45分。ここに実際の残業が加わります。
そして対象は、変形労働時間制を適用していた全職員です。遡って請求される可能性もあります。
月によって、総枠に収まる月と収まらない月がある
ここからが実務上の要点です。週の所定を40時間以内に設計していても、月によっては総枠を超えます。
モデルの勤務表(週39時間45分)を、実際の暦に当てはめてみます。
| 月 | 暦日数 | 所定の合計 | 総枠 | 判定 |
|---|---|---|---|---|
| 2026年10月 | 31日 | 172時間30分 | 177時間08分 | 収まる |
| 2026年11月 | 30日 | 167時間45分 | 171時間25分 | 収まる |
| 2026年9月 | 30日 | 176時間30分 | 171時間25分 | 5時間05分の超過 |
| 2027年3月 | 31日 | 185時間15分 | 177時間08分 | 8時間07分の超過 |

同じ勤務表なのに、月によって所定の合計が17時間以上変動しています。
原因は休診日の回数です。木曜と日曜が月に4回の月と5回の月があり、5回ある月は休診日が増えて所定が減ります。逆に4回しかない月は勤務日が増え、所定が膨らみます。
週で見れば39時間45分で一定でも、月で見れば一定ではありません。「週40時間以内に設計したから大丈夫」という理解では、この変動を捉えられません。
なお、この試算は祝日を考慮していません。祝日を休診にするクリニックでは所定が減り、超過は起きにくくなります。自院の休診日で計算し直してください。
毎月、シフトを組む前に確認する
やるべきことは単純です。変形期間が始まる前に、その月の所定労働時間の合計と総枠を比べる。それだけです。
- その月の暦日数から総枠を出す(前章の表を使う)
- 勤務表の所定労働時間を合計する
- 合計が総枠を超えていないか確認する
- 超えていれば、休日を追加するか、所定労働時間を短くして調整する
超過が判明した場合、シフトを組み直せば済みます。組んでしまってからでは戻せません。
この確認は、残業代の計算とは別の作業です。計算はシフトどおり働いた後の話ですが、こちらはシフトを組む前の話です。順序が逆になると意味がありません。
これを毎月、職員ごとに行う
ここまでの作業を振り返ります。1か月分の残業代を出すために行ったのは、次の内容でした。
- シフトを組む前に、その月の総枠と所定の合計を突き合わせる
- 日ごとに、その日の所定と8時間を比べ、長いほうを基準にして超過を数える
- 週ごとに、週の所定と40時間を比べ、長いほうを基準にして超過を数え、日で数えた分を引く
- 変形期間全体で総枠との差を出し、日と週で数えた分を引く
- 所定を超えた合計と、割増対象になった合計の差を出し、法定内残業を把握する
これを、職員一人ひとりについて、毎月行います。
常勤5人なら5回。日ごとの判定だけでも、勤務日数分の比較が必要です。しかも判定の基準は日によって変わります。さらに、条件が変わるたびに計算をやり直すことになります。
- 職員が有給休暇を取得した日がある
- 半日勤務や早退があった
- 職員の急な欠勤でシフトを変更した
- 月の途中で入職・退職した
- 暦日数が変わり、総枠が変わった
このうちどれか一つでも起きれば、その職員の計算は最初からやり直しです。そして、これらが一つも起きない月は、まずありません。
最も避けたいのは、計算の誤りが誰にも気づかれないまま続くことです。日ごとの判定で基準を8時間に固定してしまう、週の判定で日の分を引き忘れる、法定内残業を無給で処理する。いずれも、指摘されなければ何年も続きます。そして遡って請求されたとき、対象は全職員の全期間になります。
手計算で正確に処理し続けることは、不可能ではありません。しかし、診療の合間に行う作業としては現実的ではないというのが、当事務所の考えです。
システムを使う場合、確認すべき4つの設定
前章の作業は、勤怠管理システムが自動で処理します。日ごと・週ごと・変形期間ごとの判定も、控除の処理も、システムが行います。
当事務所では、変形労働時間制を採用する場合、クラウド型の勤怠管理システムの導入を前提としています。手計算で処理し続けることの負担と、誤りが蓄積するリスクを考えれば、導入しない選択肢は現実的ではないと考えているためです。
ただし、ここで注意すべきことがあります。システムは設定どおりに計算します。設定が誤っていれば、誤った数字を正確に出し続けます。
手計算なら、担当者が違和感を持つ余地があります。「この数字はおかしいのでは」と気づけます。システムが出した数字には、その余地がありません。誰も検算しないまま、何年も続きます。
導入時に確認すべき設定は、次の4点です。製品によって名称は異なりますが、この4つはどのシステムにも存在します。
1. 変形期間の起算日
その月の総枠と、週の区切りの両方を決める設定です。ここが給与計算期間とズレていると、締め日の時点で残業時間が確定しません。
就業規則の定めと一致していることを確認してください。就業規則は1日起算、システムは16日起算といった食い違いが起きていないか。
2. 週の法定労働時間の基準(40時間か44時間か)
常時10人未満の診療所・歯科医院は、週44時間の特例を使えます(労働基準法施行規則第25条の2第1項)。この設定によって総枠が変わり、週ごとの判定基準も変わります。
40時間で運用しているのに44時間と設定されていれば、時間外労働が過少に計算されます。未払いの方向の誤りです。逆に、44時間で就業規則を定めているのに40時間で設定されていれば、過大に支払うことになります。
なお、この特例で緩和されるのは週の枠だけで、1日の上限は8時間のままです。この点は第1部で詳しく扱いました。
3. 日・週で計上した時間外を、後の段階から除く処理
②の章で見た引き算です。この控除を行うかどうかが設定項目になっているシステムがあります。
初期状態では控除する設定になっていることが一般的ですが、設定を変更できるということは、変更されている可能性もあるということです。導入時や設定変更の際に、意図せず切り替わっていないかを確認してください。
控除されていなければ、二重計上になります。モデルの例では、1か月で4時間45分の差が出ました。
4. 変形労働時間制を適用する対象者の範囲
対象は常勤職員に限ることをお勧めしています。就業規則で常勤に限定しているのに、システム上は全職員に適用されていないか。あるいはその逆になっていないか。
パート職員に適用されていると、本来なら1日8時間・週40時間で判定すべき職員が、変形労働時間制の基準で判定されます。
設定は、一度手で検算して確かめる
4つの設定を確認したら、1か月分だけ手で計算して、システムの出力と突き合わせてください。
本記事の手順どおりに数えれば、日・週・月の各段階の時間数が出ます。システムの集計画面と一致すれば、設定は正しく動いています。一致しなければ、どの段階でズレているかで原因を特定できます。
- 日ごとの数字が違う → 所定労働時間か基準の設定
- 週ごとの数字が違う → 週の起算日か、控除の設定
- 月ごとの数字が違う → 総枠の基準(40時間か44時間か)
この検算は、導入時に一度行えば十分です。設定を変更したとき、就業規則を改定したとき、法改正があったときに再度行ってください。
よくある質問
変形労働時間制にすれば、残業代は発生しなくなりますか
発生します。減るのは、あらかじめ所定労働時間を8時間超に設定した日の、8時間から所定までの部分についての割増賃金だけです。
所定を超えて働けば時間外労働になりますし、週や変形期間全体で法定の枠を超えれば、そこにも割増賃金が発生します。所定を超えたが法定内という時間についても、割増は不要ですが賃金の支払いは必要です。
日ごとの判定で、所定を超えたのに時間外が0になるのはなぜですか
その日の所定労働時間が8時間より短いためです。
日ごとの判定基準は、その日の所定と8時間の長いほうです。所定4時間45分の日に7時間45分働いても、8時間に達していないため、日ごとの判定では時間外になりません。ただしその時間は消えるわけではなく、週ごと・変形期間ごとの判定に持ち越されます。
週の判定で、日ごとに数えた分を引くのはなぜですか
同じ労働時間を二度数えないためです。
日ごとの判定で時間外とした時間は、週の合計にも含まれています。引かずに計算すると、同じ時間に二重に割増賃金を払うことになります。行政の資料でも、週ごとの判定について「日ごとで時間外労働となる時間を除く」と明記されています。
シフトを組んだ時点で総枠を超えていたら、どうなりますか
その月の変形労働時間制が無効になります。
1か月単位の変形労働時間制は、期間を平均して1週間あたりの労働時間が法定の枠を超えない定めをした場合に認められる制度です(労働基準法第32条の2第1項)。あらかじめ定めた所定の合計が総枠を超えていれば、この要件を満たしません。原則の1日8時間・週40時間で計算し直すことになります。
週40時間以内で設計していれば、総枠を超えることはありませんか
超えることがあります。
休診日の曜日が月に4回の月と5回の月があるため、同じ勤務表でも月によって所定労働時間の合計が変わります。週で見れば一定でも、月で見れば一定ではありません。変形期間が始まる前に、毎月確認してください。
変形労働時間制を導入すれば、36協定は不要になりますか
不要にはなりません。特定した労働時間や総枠を超えて働かせる場合は時間外労働にあたり、36協定の締結と届出が必要です。詳しくはクリニック・歯科医院の36協定。出していても無効になる4つの落とし穴で扱っています。
勤怠管理システムを使っていれば、確認は不要ですか
必要です。
システムは設定どおりに計算します。起算日、週の法定労働時間の基準(40時間か44時間か)、二重計上を防ぐ控除の処理、適用対象者の範囲。これらの設定が就業規則と食い違っていても、システムはそのまま計算を続けます。導入時に1か月分を手で検算し、出力と一致することを確認してください。
まとめ
変形労働時間制の残業代は、3段階で数えます。
- ①日ごと|その日の所定と8時間の長いほうを基準にする
- ②週ごと|週の所定と40時間の長いほうを基準にし、①で数えた分を引く
- ③変形期間ごと|総枠との差を出し、①②で数えた分を引く
これに加えて、所定を超えたが法定内という時間があります。割増賃金は不要ですが、賃金の支払いは必要です。
そして計算の前に、確認しておくことがあります。シフトを組んだ時点で、所定の合計が総枠に収まっているか。超えていれば、その月は制度自体が無効になり、計算する意味がなくなります。週40時間以内で設計していても、月によっては超えます。
これらを毎月、職員ごとに手で処理し続けることは現実的ではありません。当事務所では、変形労働時間制を採用する場合、クラウド型の勤怠管理システムの導入を前提としています。ただし、導入すれば終わりではありません。設定が就業規則と一致しているかを確認し、一度は手で検算してください。
なお、本記事は2026年8月時点の法令に基づいています。労働時間法制は見直しが議論されており、内容が変わる可能性があります。実際の運用にあたっては、厚生労働省や労働基準監督署の最新の情報をご確認ください。自院の勤務表が総枠に収まっているか、システムの設定が適切かの判断に迷う場合は、労働基準監督署や顧問社労士などの専門家にご相談ください。


